自己啓発、脳内妄想、中二病ブログ。
自己啓発、脳内妄想、中二病ブログ。
『人生というものをひと言でいえば、心を高めるプロセスである』 稲盛和夫 「稲盛和夫の哲学」より
『最上の幸福は、一年の終わりにおいて、年頭における自己よりも、よくなったと感ずることである』 トルストイ
高めるだとか良くなること、を目指すということは価値観と大きくかかわってくる話だと思うんだけど、どういう価値観を作っていくか/維持していくかというのはなかなか難しいところ。がちがちな価値観を作ってしまうと柔軟性がなくなるし、かといって、その場その場を適当に対処する価値観では面白くないし、何も自分で決められなくなる。また、一貫性、連続性も大事なのではなかろうかとも思う。
話は変わるけど、元JW2世がJWを離れて社会に出る場合(に限らなくても良いんだけど)など、自身の育った環境とこれから生きていく環境に差があり、自分の価値観を大きく変える必要があるときに、どういう問題があるのか、どうすればいいのか、といったところに結構興味がある。日本で育った人がどこか価値観の大きく異なる国で生きていかなければならない場合、何かの職業になるように育てられた人がそれを断念せざるを得なくなった場合、事故で体の一部を損失してしまった場合、などにも程度の差はあるものの通じる話があるかもしれない。
これまでの価値観をとりあえず否定してみるというのもひとつの手段だと思うし、環境が変わってから間もない頃には有効かもしれないんだけど、必ずしも全部を否定する必要もなくて、残しておいてもよい、あるいは少し変えるだけでよい価値観もあると思う。作ってきた建物はもしかしたら大きく崩れてしまったかもしれないけど、再利用できる資材があるかもしれず、新たに一から作る必要はないかもしれない。ただ、使える資材かどうかの見極めをするのはなかなか難しい。また、JWを辞め棄教したからといって、幼い頃に獲得した考え方や思考パターンまで変えるというのはなかなか難しいわけで、このあたりをどうするかも課題なんだろうなあとよく思う。全然まとまってないけどメモ代わりに掲載。
2008年08月02日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)
『柔道の基本は受身 受身とは ころぶ練習 まける練習 人の前にぶざまに恥をさらす稽古 受身が身につけば達人 まけることの尊さがわかるから』 相田みつを
『負けたってええやないの、相手の人が喜んでくれてはる』 内藤国雄
あまり熱い思いを持って生きているわけでもないので勝ち負けはあまり気にならないほうなんだけど、勝ったり負けたりで喜んだり悲しんでいる人を見ると、勝ち負けを気にした方が人生楽しいのかもなあと思う。
2008年08月05日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)
『「己れの如く 汝の隣を愛すべし」、と言うとき、その中には、凡ての人は、己れ自身を愛するものである、という前提がふくまれています』 キルケゴール 「愛について」
『自己愛のない他者愛は偽善だといえます』 町沢静夫
やっぱそうだよなあ。自己愛(や自尊心)を育むことなく(あるいは逆にそれらを否定し)、他者愛だけを重視するような思想はあまり好きではない。何で好きでないかはうまく説明できないけど、そういう思想下だと自律した人格を育てにくくなるような気がする。
2008年08月07日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)
『あるがままにて満足するもの万歳』 武者小路実篤
『幸福とは、あるがままの自分や、現在の生活や、今の人生の歩みを、心から受け入れられる能力である』 W・ニッケルズ
よくわかってないんだけどこういうのって仏教系の思想なのかな?これは確かにそうだと思う。ただ、現状をよしと思うことも大事だけど、現状をより良くするために変えていこうと思うことも同じくらい大事だと思うし、このあたりの判断やバランスの取り方が難しい。
受け入れることは適応するために大事なのだと思う。今のこの社会に生きているという現実、自分の身体能力、年齢、人種、性別、過去等、いろいろと変えられない制限、制約がある環境の中で、いかに折り合いをつけたり受け入れたりして環境に適応していくか、また、今後適応していくかが、楽に生きていくためには大事であると思っている(もちろん自分が今いる環境の中には変えることができる環境があるかもしれないので注意は必要だけど)。自然はいわゆる適者生存で成り立っていて、環境に適応できる種が残ってきたわけだし、環境に適応するということが自然なんだろう。適応するためには、まずは自分の置かれいる環境(特に変えられない環境)や前提を認めること、つまりは、現実、過去、自分といったものを、良いところも悪いところも含めてあるがままに受け入れる必要があるのだと思う。うまくまとめられないけど。
2008年08月09日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)
『人生にもし「魔法の杖」があるとすれば、それは内なるエネルギーである』 加藤諦三 「青い鳥をさがしすぎる心理」より
『エネルギーは使えば使うほど、湧いてくる』 齋藤孝
よくわからなけど、この手のエネルギーをうまく湧きださせられたり、自由に扱えたらいいんだけどなあ。あふれんばかりの感情、喜怒哀楽があればエネルギーがうまく沸いてきそうな気もする。うまく感情を育んでいくようにしたいところ。そのためには人間関係が鍵で、ひきこもってパソコンに向かってばかりの生活ではよくないかも。
2008年08月19日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)
『人をほめれば、その人と対等になれる』 ゲーテ
『才知や容色や勇気は、人様に誉めてもらって、大きくなり、磨きもかかる。独りではできそうもない働きまで、誉めてもらうとできるのだ』 ラ・ロシュフーコー
ほめるのって大事なんだろうけど、難しい。たぶん、認めたり受け入れたり良いとこを見つけたりできるかということなんだろうなあ。
2008年08月21日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)
『人間だけが息つくひまなく動きまわり忙しさとひきかえに大切なものをぽとぽとと落としてゆきます』 茨木のり子 「十二月のうた」
『人々は、「急げば急ぐほど、ますます時間を失う」という逆説に生きているのです』 エクナット・イーシュワラン
確かに忙しくしてるのは人間だけかも。忙しくすればするほど、忙しくなればなるほど、さらに忙しくなるというのもそうかもしれない。
2008年08月23日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)
『われらは過失を目標としてゐない、だが過失を怖れては何事も為し得ないだらう』 小熊秀雄
『有能な人間は、失敗から学ぶから有能なのである。成功から学ぶものなど、たかが知れている』 ウィリアム・サローヤン
『失敗はなお無為にまさる』 大杉栄
確かに。失敗を恐れて何もしなければ、失敗はないけど成功もない。何かすれば失敗するかもしれないけど、成功する可能性もある。失敗してもそこから学ぶことは出来るし、それが次の成功に繋がるかもしれない。失敗は成功の元という言葉もある。
生きていく上で、「何かしよう」「何かに挑戦しよう」という気持ちを育むこと/維持することって結構大事だと思う。それらを育むために必要なことはいろいろあると思うけど、そのうちの一つとして、成功/失敗に応じた適切なポジティブ/ネガティブフィードバックが必要だと思う。成功してもあたりまえとみなされるけど失敗するととてつもない罰がある環境、あるいは、成功しても当然だと思うけど失敗するとすごく自罰的になる(完璧主義的な)性格だと、「何をしても駄目だ」という状況になりやすいのではないかなあという気がする。
2008年08月26日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)
『幸福は思いやりの心から生じるものであって、怒りや憎しみからは生じません』 ダライ・ラマ14世
『ほかの人々に幸せになってもらいたければ、思いやりを実行に移すこと。自分が幸せになりたければ、思いやりを実行に移すこと』 ダライ・ラマ14世
確かに他の人が喜べば自分もうれしくはなるけど、正直、何をすれば他の人が喜ぶのかよくわからないので、二の足を踏んでしまうことがある。思いやりを示して自己満足で自分は幸せになるけど、相手は不幸/不快になるというは、見ていて良いものではないので避けたいところ。ただ、思慮の足りない善意/思いやりで行動して、自分も相手も不幸にするタイプの人もいるので、それに比べると自分だけ幸せになるのはまだ良いほうかもしれない。
自分はあまり相手の感情とか場の空気というものがわからないので、相手の発した言葉に結構比重を置いて相手の欲求だとか状況を判断してるんだけど、必ずしも人は思ってることを言う/言えるわけでも無いので何を思ってるのか読み取るのが難しかったりする。特に日本では言霊信仰の思想が背景にあるせいか、はっきりした物言いを避けてあいまいに言うという風潮があって(多分)その理解を難しくしてるように思う。また、それぞれの背景や重視してる点、価値観が違うと、話がかみ合わないことも多々あるので、コミュニケーションは本当に難しい。話が少しずれたような気も。
2008年08月28日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)
『幸福とは、我々の能力の発達に他ならない』 エレン・ケイ
『幸福とは、あるがままの自分や、現在の生活や、今の人生の歩みを、心から受け入れられる能力である』 ウイリアム・ニッケルズ
これはそうだと思う。幸せになる能力、幸せに関係する能力を鍛えれば、それなりに幸せになれるのではないかなあと。あるいは、どんな能力でも鍛えれば幸せに結び付けられるのかもしれない。僕もその一連としてこうやって駄文を書いてるけど、能力が鍛えられているのかまだよくわからない。
これまで何度か書いてきたような気がするけど、後半の言葉にあるように、「変えられないことを受け入れる能力」というのは幸せになるための一つの重要な能力なのではないかなあとよく思う。もちろん変えたら好転できそうなことは受けれいれずに変えていく能力、変えたら好転できそうなことを見分ける能力も同じくらい大事だと思う。ラインホルト・ニーバーの祈りはそのあたりをかなりうまく表現していて、結構好きな言葉。
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