幸せブログ:2008年06月

自己啓発、脳内妄想、中二病ブログ。

今やる

名言から学ぶ幸せのヒント (1298)より
『今やらないで、いったい、いつ?』  L・J・ザイヴァート
『思い立ったが吉日』 

うーんこれは耳が痛い言葉。ついつい現実逃避をしたり、優先度順位の低いことをしてしまい、優先順位の高いことを直前にならないと手をつけないことがよくある。あるいは、だらだらとやってしまったりとか、あまり意味のないところに手をつけたりとかしてしまう。今いるところは裁量労働制の職場で、要領よくやってしまえば自分の自由になる時間ができるし、だらだらやってしまったら何日も徹夜しても終わらない環境にいる。先々を考えると、優先順位の高いものから順に要領よくさっさと終わらせる癖をつけたいところ。練習あるのみかなあ。

2008年06月03日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)

ありのままでいられる自由を人に与える

名言から学ぶ幸せのヒント (1299)より
『愛とは相手に変わることを要求せず、相手をありのままに受け入れることだ』 ディエゴ・ファブリ
『人と人とのあいだに起こる問題のほとんどは、誰しもがまず他人を変えようとするところから発生するのです』 ロバート・コンクリン 

これはそうかなあという気もするけど、普段からあまり対人経験が少ないのでなんともいいがたいところ。教育の場などにいると、相手を変えるほうがいい場合もあったりして、相手のことをなんでもかんでも受け入れるわけにも行かなくて、そのあたりの見極めは難しい。

2008年06月05日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)

満足

名言から学ぶ幸せのヒント (1300)より
『ほんの少しのもので、賢者は幸せになる。何があっても、愚者は満足できない。かくて、ほとんどすべての人間は惨めである。』 ラ・ロシュフーコー
『不平不満だらけになるほど、その人の「幸せ力」はそこなわれることになる』 斎藤茂太 

職業上、人類の欲望を実現するためにどうすればよいかという部分に携わっているため、現状で満足することと、現状で満足しないことのバランスをどうすればよいのかは、よく考えさせられるところ。もっと生活を便利に快適にしたいという気持ちがあったからこそ、こうやって人類は発展してきたわけであって、現状で満足することも大事だけど、現状をよりよくしていくために現状に不満を持つことも大事だと思う。目標に向かって何かやるということもひとつの幸せの形であると思うし、欲を無くて無気力になったり、ひきこもることが本当に幸せの道なのかという気もする。

かといって、実現不可能なほどの目標、欲望を持つのもそれはそれで幸せの道からは外れている気もするし、不平不満を言うだけでそれを解決するためのことを何もやらないのであれば、それは幸せからは程遠い気もする。少し前の日本のように資源が少ない環境にいるのなら、あまり欲を出さず、あるものを大切に使ったりそれで満足するという生き方のほうが、うまく生きれるのかもしれない。でも今の時代に同じ話が通じるかというとどうなのかなあという気もする。また、変えられないものに不平不満を感じるのはまったくの無駄と思ってて、特に自分の過去や自分の属性に過度に不平不満を言ってる人を見ると、なぜ頑なに自己否定して生きているのだろうと思う。

とまあ難しいところなんだけど、欲望が何でもかんでもだめというわけではなくて、健全な欲望というのもあると思うので、そういった欲望はうまく育んで生きたいところ。

2008年06月07日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)

やりたいこととできること

名言から学ぶ幸せのヒント (1301)より
『抱負と実際にやれることは別。その両方を考えなくてはいけない。』 イビチャ・オシム
『やりたいことと、できること、両方を見極めていかなきゃだめだ』 北村龍平 

まあ確かに。夢を見るのはわりと誰でも出来るけど、達成可能な現実的な目標設定が出来るか、といえばこれはなかなか難しいところ。何をしたいのか、それをやることにどんな意味があるのか、達成できたとしてどういう成果が得られるのか、達成する見込みはあるのか。事業計画書にしろ研究計画書にしろ、計画書を書くときにはまさにそういうことを考えないといけないし、他人にも理解してもらえるように書かないといけないんだけど、なかなか難しい。うまく考えれるようになりたい。

2008年06月10日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)

比較

名言から学ぶ幸せのヒント (1302)より
『求めない―― すると 比べなくなる(ひとと自分を 過去と今を物と価値を 持つと持たぬとを)』 加島祥造
『他人と比較してものを考える習慣は、致命的な習慣である』 ラッセル 

比較するとその対象が良いのか悪いのかかが(自分にも他人にも)わかりやすくなるので、比較をうまく使えるようになることは大事だと思う。過去の自分と比較してよりよい自分を目指して生きたり、自分に持ってないものを持ってる人に憧れてああなりたいと思ってがんばったりするのは、それはそれで健全な考え方だと思うので、「比較するな」と言ってしまうのは言いすぎではなかろうか。また、世の中の多様性、関係を考える上でも比較は重要だと思う。まあでも、比較というのはなかなか難しくて、何か自分の中に基準がないと(まっとうに)比較できない。どういうものさしを使うか、何を軸にして比較するのか、絶対値を使うか相対値を使うか、等によって結果が違ってくる。

たぶん、ここでいう比較がよくないというのは、きちんと書くと「他人や周りの価値基準(のみ)を基にして自分の価値基準を作って、その基準で比較するな」というようなことなのではないかなあと思う。メディアの情報や流行などの価値基準に振り回される、欧米的基準(のようなもの)で比較、判断する(まあ実際は欧と米の価値観はかなり違ってそうだけど)、組織や会社の価値観で考える、とか世の中にはいろんな(外部の)価値基準や比較が存在して、それを使う人もいる。たまに使うとか参考にするならいいんだろうけど、自分の価値基準を持たず周りの価値基準によって比較、判断するというのは、うまくいえないけど、多様な価値観が流動する今の時代ではあまり幸せな道とは思えない。自分と他人の比較を他人の価値基準(のみ)で比較するというのはおかしいように感じる(自国と他国の比較もしかり)。もちろん、他人の価値基準を無視していいというわけでもないと思うので、自分の価値基準で考えることと、他人の価値基準に配慮することのバランスをとるということも大事なんだろうけど。

そう考えていくと、本日のエントリの内容も、自分の中に健全で自立した価値基準を持つということが大事という話になるのかなあ。そのためにどうすればよいのか、どうすればそういう価値基準を育てられるか、はなかなか奥が深くてつきつめられていない。努力は必要だけど独力のみで育てるのは難しいように思う。また、誰しも本当に健全で自立した価値観を持つ方が良いのかどうかも実は良くわからない。自立した価値観を持った方がいいのか、何が健全かということは環境によりそうにも思う。

2008年06月12日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)

時の経過

名言から学ぶ幸せのヒント (1303)より
『時は偉大な癒し手である』 西洋の格言
『いつまでも覚えていたらとても辛いだろうと思ういろいろなことをありがたいことに私たちは忘れることができる。そして、時間というお薬があるんです』 渡辺和子  

僕は結構忘れっぽい方で辛いことでも楽しいことでもすぐに忘れてしまうので、なるべく覚えておこうと文字や写真などの記録に残すなど試行錯誤しているんだけど、記録に漏れることも多々あり、他の人から僕の過去のエピソードを聞いてそんな面白いイベントがあったのかと思うことも多々あったりします。辛かったり楽しかったりと感じるのが弱いからすぐに忘れるのではなかろうかという気も。忘れるというのはそれはそれですばらしいことなんだろうけど、忘れてしまうのはなんか悲しいので、できればあまり忘れたくないところ。

時が癒してくれるというのは、単純に忘れるからというだけでなく、「過去の自分」として冷静、客観的に考えられるようになるとか、それを解決するだけの力や知識、経験が身につくから、とかそういうことも関係してくるのではないかと思う。時間といえば僕がJWをやめてからの体調について昔何か書いた記憶があったので見返してみるとこんな記事を発見。僕の場合は、JWをやめた後の思考回路を再構築していくのに、長期間大学院(というJWとは大幅に考え方の異なる環境)で教育を受け、物事の考え方や頭の使い方を学んだ(といっても周りと比べるとまだまだだし、一つの使い方に過ぎないけど)という部分が大きかったと思う。もちろん「時間」も大事だったけど、「知識」や「思考」といったものも同じくらい大事だったのではなかろうか。

いろいろな人(文章)を見ていると、例えばJWをやめて何年たっても(本質的なところでは)過去の考え方と同じような人(文章)もいる(ある)(まあ、僕も今こうやって現実逃避的に長々と駄文を書いてるんだけど)。JWとそれ以外という二極的思考をしていたり、自分が見た(時空間的に)局所的な出来事を過度に一般化してしまったり、現実が見えてない/受け入れてなかったり、結論ありきで論理を展開してしまったり、多数派の意見や声の大きな意見、都合の良い意見を疑わずにすぐに信じてしまったり・・。まあ、それが良いか悪いかはまた別の話だし、良いと思うところは残しておけば良い。ただ、これは別にJW云々に限った話でもなくて、小さい頃に教えられたことや習慣を素直に受け入れ、疑問に思う/気付くこともなく、その行動パターンに基づいて今でも行動している人はまあたぶんよくいるのではなかろうか。たぶん結構な割合で。「三つ子の魂 百まで」「鉄は熱いうちに打て」というくらいなので、人生の初期の頃の環境への適応能力は凄くて、その頃に受けた教育や環境の影響というのは凄く大きいのだろう。

とまあ話を元に戻して、確かに時の経過は有効なんだろうけど、時だけでなく「知識」「思考」といったものも大事だと思う。そもそも時の経過により「忘れる」ことだけで問題を解決してしまっては、同じようなことが起きたときにどうするの?という話になる。僕はそれほど生きているわけでもないけど、これまでの人生ではいくらでも似たようなことが起きている。歴史にもフラクタル性があるという話もどこかで聞いた気がする(いわゆる「歴史は繰り返される」というやつ)。もちろん「忘れる」ことでしか解決できないことであれば「忘れる」しかないんだけど、将来に備えるためには、他の解決方法あるいは予防方法がないか、何が問題点か、調べて「知識」を増やしたり、「思考」することも大事だろう。幸か不幸か、今の時代「知識」は玉石混合だけどインターネットなどを利用すれば比較的簡単に手に入る。ただ、「思考」部分を鍛えるのは、先の例にあるように人生初期の影響が大きそうで、なかなか難しいようにも思う(あるいはインターネット上などで多様な意見がぶつかることで思考力を作っていけてるのかもしれないけど)。少なくとも僕が受けた義務教育はそこまで思考部分を鍛えるような教育でもなかったように思う(忘れてるだけかもしれない/JWというバイアスがかかっているのでなんともいえないけど)。

僕は結構「思考」「知識」といったものや自律した人格を作ることが、ある種の人にとっては、今の時代で幸せになるための大事なひとつの要素なのではないかなと思ってたりするんだけど、それは本当なのか、当てはまるとしてどういう人に当てはまるのか、どうすれば人々の思考力を育てられるのか、そのために例えば自分は何ができるか、となるとなかなかこれといった答えが見つからない。例えば、今食べている肉がどういう過程でここに来たのか、このチョコレートの原料のカカオ豆がどういう国で作られているのか、親しい人が経てきた歴史、何かの犠牲の上で成り立っている自分、世界中にある貧困、犯罪、戦争、「知識」(や現実)がないほうが幸せと思う人もいるだろう。あるいは、ごちゃごちゃ考えるより、多少矛盾していたとしても、単純に見たり感じたりするほうが良いと思う人もいるだろう。また、自分で物事を考えるより、どこかの組織や著名人、マスコミ、親しい人などと同じ考え方をした方が幸せと思う人もいるだろうし、悪いことは悪魔、政府、他人などのせいと考えておけば良いと思う人もいるだろう。ただ、「幸せ」の道はいろいろあると思うけど、僕は僕の道を進んでいきたくある。(うまくまとまらなかった。。orz)

2008年06月14日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)

遅い成功

名言から学ぶ幸せのヒント (1304)より
『成功をしないということは感謝すべきだ。少なくとも成功は遅く来るほどよい。そのほうが君はもっと徹底的に自分を出せるだろう』 モロー
『報われないのは、将来において大きく結実するための助走がそれだけ長いんだと思っておくのがよい』 林望

成功が何をさすのかはよくわからないし、人それぞれなんだろうけど、自分にとっての成功は何かといえば、漠然とした話だけど、幸せに生きていけるようになることかな。まあ、結局、こうやってブログでいろいろ考えてみても幸せのことはまだよくわかってないわけだけど。特に落ち込むことがあると、幸せを感じるのは難しい。まあでも、幸せでない状態があるからこそ幸せな状態を感じられると思えば、そう悲観すべきことでもない。

ところで成功が何かによるのかもしれないけど、成功は本当に遅く来るほど良いものなの?。そういうケースもあるかもしれないけど一般化しすぎてる気もする。あるいは、なかなか成功しない場合に、落ち込んでしまうよりはそう思ってるほうが良いよというライフハック的な話なのかもしれない。

2008年06月17日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)

短所と長所

名言から学ぶ幸せのヒント (1305)より
『人を用ゆる道は、その長所を取りて短所はかまはぬことなり』 荻生徂徠(おぎゅうそらい)
『人を使うには、人の長所を素直に認めることが大切だ。欠点ばかり気にかけていると、人を使うのに躊躇することが多い』 松下幸之助

人の長所を認めろという話だけど、短所と長所などの特徴とその特徴が現れる領域を含めて気づけるようになったほうがいいと思うんだよなあ。自分を見るときにも人を見るときにも、あるいは組織やシステム、メカニズム、数式などを見るときにも。その人が持っている特徴は、ある環境では長所かもしれないけど、ある環境では短所になるかもしれなくて、何が長所で何が短所かという話はなかなか難しい。例えば日常生活の手軽な計算では簡単なニュートン力学を使っていればいいけど、光速に近いところで厳密に考えるにはややこしいけど相対性理論を使わないといけないとか。(自分を含め)その人の特徴が長所として発揮できる領域を見極め、その人を使う時にうまくその領域に持っていければ、幸せになれるんだろうな。まあ、そう簡単なことでもなさそうだけど。

2008年06月19日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)

余裕

名言から学ぶ幸せのヒント (1306)より
『金持ちになっても、お金を楽しんだり、分かち合ったりする「心の余裕」がなければ、豊かさを味わって、幸せになることができない』本田健
『世界中のお金を集めても幸福が買えるとはかぎりません。幸福の王国はあなたの感じ方、考え方、つまりはあなたの心の中にあるのです』マーフィー

この手の話は、幸せになるには、精神的、体力的、時間的、経済的いろんなところでの余裕が必要で、お金だけではないよという話なんだろう。お金は選択肢、余裕といったものを含めて結構いろいろなものに置き換えられて、お金で入手できる幸せも結構ある。年収と幸福度の関係なんてのをどこかで見たことがあるけど、年収20万ドルだったかそれくらいまでは年収があがるほど幸福感が増える(それ以降は下がる)という話もあったはず。もちろん、お金を使って幸せになる方法はいくらでもあるんだろうけど、お金が幸せそのものではないと思うので、不幸になるような使い方をしてたり、お金に振り回されていては幸せの道から遠いかもしれないけど。

2008年06月21日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)

成長し続ける

名言から学ぶ幸せのヒント (1307)より
『私は老年に及んでもなお、少しずつでも成長することを心がけている』 ロングフェロー
『人生において、成功は約束されていない。しかし、人生において、成長は約束されている』 田坂広志

まあ何を持って成長したというかが難しいところ。

2008年06月24日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)

自分から変わる

名言から学ぶ幸せのヒント (1308)より
『他人が私の正当な権利を侵害しないかぎり、たとえ他人の行動が不満でも、他人ではなく私が変わるべきだ』 ジェリー・ミンチントン
『他人を変えようと思ったら、先ず自分を変えることである』 安岡正篤

まあよくある話。変えられないもの、変えにくいものを変えようとするコストよりも、自分が変わるほうが楽だったりするんだろうなあ。ただ、教育をする場合に、この手の話をどこまで当てはめればいいのかは難しい。親や先生が子供を教育するとき、上司が部下に何か教えるとき、いかに相手を変えるか、というのが大事になる。まあ、ここでのテーマにあるように、まずは自分が変わる、まずは自分が見本を見せるというのが有効なんだろうけど、それだけでなんとかなるものでもないように思う。このあたりの答えはまだまだ出ていない。

2008年06月26日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)

なりうる自分

名言から学ぶ幸せのヒント (1309)より
『人間は自分のなりうるものにならなければならない。このような欲求を、自己実現の欲求と呼べるだろう』 マズロー
『この世における最も惨めで最も苦しんでいる人は、自分を本当の自分とはちがったなにものかであるかのように、自分自身と他人に思いこませようと、たえずあくせく努めている人たちである』 マックスウェル・マルツ

マズローは欲求段階説の人だったっけ?たしか、食べるものや安全な場所、自分の居場所だとかそういうものが確保されてそれら低次の欲求が満たされていくことで、より高次の欲求である自己実現をする欲求がでてくるという話だったと記憶している。ということはつまりは、精神的な成長のためには、ある程度以上の物質的、経済的豊かさや、安全、安心して育つ/過ごす環境が条件なんだろうな。もちろん、それらは自己努力で何とかなるものもあるけど運にもよるところもあって難しいところ。

話は変わって、後者のマックスウェルの言葉は興味深い。確かに他の人格、役割を演じるのはしんどいし、演じていると、ますます本当の自分がわからなくなって、どうしようもなくなる。人生の早いうちに、自分らしく生きることが許されるところ、完全に自分らしく出来ないまでもそこそこ自分らしく生きられる環境に行けたら楽に生きられるんだろうけど。少なくとも、人間らしくない人間を演じるのはしんどそう。

2008年06月28日 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)

このブログについて

  • 幸せな人生を歩むためには、幸せになれる考え方を身につける必要があると考えられます。本ブログは、管理人が幸せに生きる考え方を身につけるために定期的に幸せについて考えてみようと思い、開設しているブログです。といっても、(今のところ)名言を元にして適当に書いている戯言しかありません。ほとんどの文章は(他のブログと同じく)暇な時に思いついたことを書いてるだけで、十分に見直しておらず、誤字脱字、矛盾、論理的破綻があるかもしれませんがご容赦ください。なお、「ですます」調で書くのはめんどくさいので「である」口調にしてます。

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