自己啓発、脳内妄想、中二病ブログ。
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『求めない―― すると 比べなくなる(ひとと自分を 過去と今を物と価値を 持つと持たぬとを)』 加島祥造
『他人と比較してものを考える習慣は、致命的な習慣である』 ラッセル
比較するとその対象が良いのか悪いのかかが(自分にも他人にも)わかりやすくなるので、比較をうまく使えるようになることは大事だと思う。過去の自分と比較してよりよい自分を目指して生きたり、自分に持ってないものを持ってる人に憧れてああなりたいと思ってがんばったりするのは、それはそれで健全な考え方だと思うので、「比較するな」と言ってしまうのは言いすぎではなかろうか。また、世の中の多様性、関係を考える上でも比較は重要だと思う。まあでも、比較というのはなかなか難しくて、何か自分の中に基準がないと(まっとうに)比較できない。どういうものさしを使うか、何を軸にして比較するのか、絶対値を使うか相対値を使うか、等によって結果が違ってくる。
たぶん、ここでいう比較がよくないというのは、きちんと書くと「他人や周りの価値基準(のみ)を基にして自分の価値基準を作って、その基準で比較するな」というようなことなのではないかなあと思う。メディアの情報や流行などの価値基準に振り回される、欧米的基準(のようなもの)で比較、判断する(まあ実際は欧と米の価値観はかなり違ってそうだけど)、組織や会社の価値観で考える、とか世の中にはいろんな(外部の)価値基準や比較が存在して、それを使う人もいる。たまに使うとか参考にするならいいんだろうけど、自分の価値基準を持たず周りの価値基準によって比較、判断するというのは、うまくいえないけど、多様な価値観が流動する今の時代ではあまり幸せな道とは思えない。自分と他人の比較を他人の価値基準(のみ)で比較するというのはおかしいように感じる(自国と他国の比較もしかり)。もちろん、他人の価値基準を無視していいというわけでもないと思うので、自分の価値基準で考えることと、他人の価値基準に配慮することのバランスをとるということも大事なんだろうけど。
そう考えていくと、本日のエントリの内容も、自分の中に健全で自立した価値基準を持つということが大事という話になるのかなあ。そのためにどうすればよいのか、どうすればそういう価値基準を育てられるか、はなかなか奥が深くてつきつめられていない。努力は必要だけど独力のみで育てるのは難しいように思う。また、誰しも本当に健全で自立した価値観を持つ方が良いのかどうかも実は良くわからない。自立した価値観を持った方がいいのか、何が健全かということは環境によりそうにも思う。
2008年06月12日投稿 | 2008年の名言 | Comments (0) | Trackbacks (0)
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