エホバの証人を離れた後のことについて書いています。
16 August 2008 update
エホバの証人を離れた後のことについて書いています。
16 August 2008 update
エホバの証人2世として育ってきた自分がエホバの証人を離れた時、いくつかの問題に直面しました。ここでは離れた後に私が直面した問題について述べます。同じような経験をされている方の参考になれば幸いです。
エホバの証人を辞めて心の問題に直面するエホバの証人2世はよくいるようですが、私も同様にこの問題に直面しました。これは本人の育った環境や資質による部分、辞めた後の環境による部分もあると思いますので、誰もが直面する問題とは言えませんし、直面したとしてもその大きさは内容は様々だとは思います。以下、エホバの証人を辞めた後に私が直面した心の問題を書きますが、私は心理学の専門家ではありませんので、もしかしたら見当違いなことを書いていたり、言葉の使い方や概念の捉え方を間違えているかもしれません。
エホバの証人の価値観やアイデンティティしか持たない自分が、それを捨てざるをえなくなったことで、まず、アイデンティティ・クライシスに陥りました(アイデンティティについてはこのあたりの記述が面白いです)。本来、思春期のうちに試行錯誤の上に自ら創り上げていくアイデンティティ。エホバの証人2世として育ってきた私は、人生の初期のうちから、エホバの証人としてのアイデンティティを持って生きていました。しかし、残念ながらそれらはエホバの証人としての生き方を辞めると同時に使いものにならなくなってしまいましたので、自分のアイデンティティを創り直す必要が出てきました。他の宗教に走るなど、他の宗教や社会、人が持つなんらかの価値観に自己を同一化してしまうというのも一つの答えなのかもしれませんが、他の価値観を受け入れることへの不信感から、それはできませんでした。
20過ぎのいい大人がはじめてアイデンティティの確立という作業に挑むのは何かと大変でした。人生経験や恋愛経験豊富な人なら様々な価値観と衝突していくうちに自己のアイデンティティを確立していくヒントを得られるのかもしれませんが、長い間、恋愛もせずひきこもり思想を続けていた自分にはアイデンティティの構築に使えるものや使える経験があまりないように思えました。今まで持っていた価値観のうち何が使えて何が使えないのか見当もつきませんでした。
新たなアイデンティティを確立していくため、なるべく多くの本を読むこと、自分の気持ちを文章にして整理すること、他の人の体験談を聞いたりあるいは話したりすること、健康な生活をすること、医者の意見を聞くこと、なるべく自分の頭で考えて決断すること、自己分析を繰り返すこと、などを心がけました(詳細については次節で述べます)。
時が経つにつれて、自分の中に以下の問題があることに気付き、これらの問題を解決していくうちに、より楽に生きられるようになりました。
他にも自分の問題、自尊心の低さや自己否定感といったものの根源について考えて行くうちに、自分にアダルト・チルドレンとしての性質があるのではないかと考えるようになりました(アダルト・チルドレンについてはWikipediaの記述が分かりやすいです)。私はアダルト・チルドレンに関してそれほど詳しくないのですが、自分にその性質がある以上、また、エホバの証人2世とアダルト・チルドレンの関連を指摘する人がいる以上、アダルト・チルドレンの対策法が自分にとっても有効なのではないかと考えました。数ある自助グループのいずれかに参加すれば良いのかもしれませんが、少し敷居が高く感じましたので、1年ほど、日々自己カウンセリングをしました。この作業によって、かなり思考パターンが健全化、改善されたように思います。
辞めてから当分の間は、現役信者である両親との関係が懸念事項でした。現実問題、冠婚葬祭等、人生の要所要所では家族が関わってきますので、この問題は多くの元エホバの証人2世の方にとっても大きな問題だと思います。しばらくは私自身の考え方も整理できていませんでしたし、両親に私がエホバの証人としての道を歩むことを辞めたことを伝えていませんでした。また、エホバの証人に関するサイトを見ているというのではないかと疑った母に発狂したかのように泣かれたことがあるので、言い出し難いというのもありました。ただ、数年経って、ある程度落ち着いてきてから、私がエホバの証人と交わることを辞めた旨を両親に話しました。その時には両親からは思ったほど大きな反応はありませんでした。
その後さらにしばらく時間が経ってから、少しずつエホバの証人以外の価値観について話すようにし、歴史的、心理的、社会的な観点などから見たエホバの証人の姿について話すようにしました。両親は、うすうすエホバの証人に対して疑問を抱いていたらしく、私の話を静かに聴いていました。これら批判的な意見を言うことで両親との関係が悪化するかもしれない、再び発狂したかのように叫びだすかもしれない、と危惧していたのですが、思いの他冷静に受け止めてもらえ驚きました。私の感情を含めずに話す口調が冷静に聞いてもらえる上で功を奏したのかもしれません。その後1年ほどして、両親はエホバの証人を辞めることを決意し、今では集会、伝道等には参加していないようです。
その他、人によっては、経済的な問題、社会復帰のための問題、人間関係の問題、さらに大きな心の問題などをかかえることがあるようですが、私の場合は、幸い、他に特に目立った問題はありませんでした。
私が心の問題を解決するために行ったことを以下に列挙します。
このサイトで書いたことを含めて、自分の体験や思っていることを文章として書くことが、過去や考え方の整理につながりました。文章を書く際にはそれなりの思考が求められるので、文章を書くことは思考能力を鍛える練習にもなると思います。また、文章を見直すことで自分の意見を客観的に見たり、あるいは時間が経ってから読むことで考えの変化を実感するという利点もあるかと思います。
近年では容易にブログを開設できるため、多くの人がブログを通じて自分の過去や考えを整理しているようです。僕もいくつか書いています(例えば、このサイト内だと雑記とか幸せブログだとか)。もちろん、一度書いたくらいで考えが整理できるかと言えば、なかなかそうもいかないと思うので、ブログに書きためてしばらくした後、さらに整理してサイトにするという段階まで行えば、もっと効果的なのではないかとも思います。
エホバの証人の世界も元エホバの証人の世界も、あるいはこの世の中もそれなりに多様で、必ずしも同じような経験をしている人ばかりではありませんし、エホバの証人を辞めた人が全く同じ過程を通るとも言えませんが、他のエホバの証人系のサイトで述べられている話題や、オフ会などで話される内容など様々な情報を収集していくと、自分と同じような悩みを持っている人に遭遇したり、同じような意見に出会うこともあり、自分を見つめなおす上で、エホバの証人について考えていく上で参考になりました。
心理学や宗教、科学、哲学、歴史等様々な分野の本を読み、人間の性質、特徴について考えました。宗教関係の本からは、一神教と多神教の思想の違い、聖書に関するより深い理解、宗教の歴史、問題のある宗教団体の特徴、などエホバの証人とは何かということを考える上で役立つ知識を得ました。科学は完全に世の中を解明しているわけではないものの、これまで人類が考えてきたことや得られた知見の集大成、最新の知見、種々の考え方、哲学、問題解決法の宝庫であり、科学系の本は、自分の価値観を形作る上で大いに役立ちました。心理学系の本からは、本来どのように心理は発達していくものなのか、どのような思考パターンが問題なのか、問題を改善するにはどうすればいいのかについて知識を得、自分の思考パターンを改善していく上で役立ちました。
人の力をもっと積極的に借りたほうがいいのかなと思い、2度ほど病院の精神科に通院しました。1度目のところは冷たそうな先生でやや不信感がつのり、結局、何度か通院した後、通院を辞めてしまいました。2度目のところは結構おだやかな先生だったのですが、エホバの証人に関しては詳しくありませんでした。数回通院したものの、病院が遠かったということもあり、しばらくして行かなくなってしまいました。もう少し根気強く通っていればもっと早く自身の問題を解決できたのかもしれません。
唯脳論的な観点から、結局、脳内の神経伝達物質の伝達をうまくコントロールすれば人格は変わる、あるいは変わる助けになるのでは、とも思っていて、薬についてもいろいろ調べました。ただ、試してみたのは、セントジョーンズワートなどのハーブ系のサプリメント、医者からもらった比較的効果の弱い抗鬱剤、抗不安剤のみでした。単に効果が実感できるまで服用を続けなかっただけかもしれませんが、数ヶ月試したものの劇的な効果は実感できませんでした。ネット通販で手に入る海外の薬(プロザックなど)も調べましたが、自殺などの副作用があることがわかり、結局服用には至りませんでした。今考えれば、感情や人格の成長は段階的に行われるものであり、過激な薬などで段階をスキップしてしまうのはよくないのかなと思うのですが、一時は、(過激な)薬を使うしかないと思ってました。
それぞれの項目について今の私が感じていることを述べます。
私にとって、エホバの証人の子供としての過去は良くも悪くも自分の一部です。自分の人生に影響を与えたものの一つがエホバの証人という宗教ですが、他にも親の性格、遺伝、日本という風土、通った学校、出会った本、出会った人などいろいろなものが影響を与えていますし、エホバの証人という要素だけを抜き出して自分の人生を考えるのは非常に困難です。エホバの証人の子供であったが故に多少大変だったことや失ったものもありますが、エホバの証人の子供という経験をした故に気付いた事や得たものもありました。総合的に考えると自分の人生は十分に許容できる範囲のものですし、その一部であるエホバの証人の子供としての過去も許容範囲内だと考えています。
組織、すなわち、ものみの塔協会に関しては、どういう態度をとるべきかは、自分の中でまだきちんとした答えは出ていません。需要、必要があるから存在していると思いますし、無くなることが必ずしも良いと言い切れるわけでもないと思います。ただ、信仰を押し付けられる2世の苦労や、非社会的思想を持つ人を増やしていること、その社会的損失を考えると、社会的に悪であると考えても良いのかなとも思ってます。もう少し大衆化するというか、他者への迷惑をかけないような方向、離れたい人が離れやすい方向、社会に受け入れられる方向に進めばいいんですが、組織に対してどういう態度をとるべきか、まだまだ考えることは多いです。
エホバの証人だからといって毛嫌いすることもないですし、エホバの証人を続けたい人を辞めさせようという気は無いです。過去の自分を全否定したくないので、現役エホバの証人を全否定する気もないです。ただ、例えば2世信者などの中で、辞めたい、やりたくないと思ってる人や、組織に違和感を持っている人に対して、辞めるための、あるいは社会復帰するための何らかのサポートはあってもいいのかなと思ってます。