JW (エホバの証人)、サイト運営、技術、自己啓発、雑談など雑多な話題を密かに扱う不定期更新の雑記。
JW (エホバの証人)、サイト運営、技術、自己啓発、雑談など雑多な話題を密かに扱う不定期更新の雑記。
やろうやろうとほったらかしになっていたのですが、「道は開ける」を読んで少しずつ自分なりに読んで要点をまとめていくことで、悩みに対する戦略を身につけていくことにします。
「道は開ける」は、デールカーネギーによって書かれた悩みに対する対処法がまとめられた本で、長年にわたりベストセラーを記録している名著です。過去に一度読んだのですが、一度読んだくらいでは全く頭に入りませんでした。今回は、もっとゆっくりと言葉をかみ締めながら読んでみたいと思います。いつ終わるか分かりませんが、今年中には終わらせたいです。さて、できるかな?
2006年02月13日 | 道は開ける | Comments (0) | Trackbacks (0)
過去のすでに決着のついた出来事を後悔して過ごしたり、未来に不安を感じる、もしくは未来に憧れを感じて現在の生活から逃避していないか?過ぎ去った過去を見るのではなく、また、まだ来ない明日のことを思い煩うのではなく、今日一日の区切りで生きましょうということが書かれていました。明日のことを考えずにせつな的に生きるということではなく、明日のことは配慮すべきであるが、心配するには及ばないということです。
過去を後悔することも、将来を心配することも、下手をすれば大きな悩みになりかねないですよね。今を生きているのに、今でないところのことを心配しすぎて滅入ってしまってはどうしようもないです。特に自分の場合、将来に対する不安に囚われて、今の仕事に手がつかないということがあるのですが、これには気をつけたいと思いました。今日一日の区切りで生きる、過去や将来のことで悩むことがあれば、この言葉を思い出したいです。
2006年02月14日 | 道は開ける | Comments (0) | Trackbacks (1)
悩みを解決するための魔術的公式とは以下のようなものです。
確かに、最悪の状態を受け入れたら、もう失うものは何もなく、あとはどう好転させるかを考えれば良いので、楽になりますよね。悩みは思考能力た決断力をうばってしまうので、最悪の状態になったらどうしようと思い悩んで何も解決しないよりは、最悪の状態になることを受け入れて悩むことを辞めた方が、冷静に対処法を考えることが出来そうです。本には具体例がいくつか書かれていましたが、自分も今後なんらかのトラブルが起きたときにはこの思考パターンで行動してみようと思います。
2006年02月15日 | 道は開ける | Comments (0) | Trackbacks (0)
「悩みに対する戦略を知らないものは若死にする」(アレクシス・カレル)。不安や悩みによって病気になる人が多いことが様々な視点から書かれていました。また、頑健な人間でも苦悩によって病気になる例、悩みを辞めた途端病状が回復していった例、などいくつかの具体的な実例が書かれていました。
自分も、経験上、知識上、悩みは無駄なことだとは分かっていてもついつい時間があると悩むことに時間を使ってしまうことがあります。悩みに対する戦略、これを知らないと、若死にするどころか、人生の質を大幅に落としてしまいかねません。今でも悩み続けてしまうのは、この「道は開ける」のように良いことが書かれている本をたくさん読んでいるのに、読み物として読んでいるだけで、頭にきちんと入っていないんでしょうね。今後、何度もじっくり読み返して、悩みに対する戦略を自分の行動パターン、思考パターンに組み込んでしまいたいところです。
2006年02月16日 | 道は開ける | Comments (0) | Trackbacks (0)
悩みを分析するために大事な3段階として
これは何かと使えそうな悩みの分析、解消法のように思います。問題に直面したら、事実を調べて解決方法を検討し、一度決断したら実行して突き進む、この考え方を身につけることができれば種々の問題に出会ったとしてもうまくやっていけそうです。文字にして書くというのも物事を客観的に見るためには重要なことかなと実感しています。僕も含めてですが、JWをやめた方々が考えを整理のためにブログ等で思いを綴っているのも、何が問題なのか、解決方法はなにがあるのか、など自己分析する上で役に立っているんでしょう。
2006年02月17日 | 道は開ける | Comments (0) | Trackbacks (0)
以下の問いに対する答えを考えていくことで、仕事の悩みが半減することが書かれていました。
これはまさにそうだと思います。よくよく考えるとあたりまえのことなのに、これができないことが多いです。これが自然とできるようになれば悩む時間はかなり減るのにとよく思います。普段からこういう思考パターンを続けていかないと身につかないんでしょうね。精進したいです。
2006年02月18日 | 道は開ける | Comments (0) | Trackbacks (0)
「悩んでいる暇がない!」状況に追い込めば、悩みから解放されるという内容でした。「悩みに対する治療は、何か建設的な仕事に没頭することだ」とのことでした。
これはありますね。悩めるのも時間があるからで、本当に忙しい時は悩んでいる暇はないです。ただ、悩みを感じないようにするために忙しくするのもひとつの手かなとは思いますが、忙しい生活をやめたときにまた悩み出すとなると根本的な解決にはならないですね。忙しく仕事をしていく過程で自信を育てていき悩みを感じにくい性格に変わっていくのであれば、解決に向かうのかなと思いますが。
2006年02月19日 | 道は開ける | Comments (2) | Trackbacks (0)
この章では小さなことに悩むなということが書かれていました。結婚生活ではささいなことが人間を狂気の一歩手前まで駆り立てるし、世の中の心痛の半ばはささいなことから生じる、と。例として、何度も落雷に見舞われ、数え切れないほどの雪崩や暴風雨に耐えた巨木が、カブト虫の大群の少しずつの攻撃によって倒された例が述べられていました。同じように、まれに起きる人生の嵐には耐えられるのに、悩みという小さな虫によって心が食い破られることのないようにという主張がされていました。
小さいことに悩むなということは当たっていますね。僕も小さな悩みの連続の日々を過ごすうちに、小さな悩みは無駄だと悟りました。といっても、気づくと同じ事を繰り返してしまっていて、なかなか学習できていないのですが・・・。数日、数ヶ月、数年もすれば忘れてしまうようなこと、人生の中で見ればまったく取るに足りないこと、そんな小事についてはこだわったり、無駄に悩んだりしないようにしたいものです。
2006年02月20日 | 道は開ける | Comments (0) | Trackbacks (0)
悩みや不幸の大部分は想像の産物であること、確率的に考えてみるとよいことが書かれていました。記録を調べ、不安の種になっているものが実際に起きる確率はどの程度か考えてみると良いとのことでした。
不安なことって、多分、起きる確率よりも起きない確率のほうが大きいんでしょうね。ほとんど起きないことに頭を悩ませるのも考え物です。まあ、ほとんど起きなくても起きたときの被害が大きければそれなりに対策は必要なのかもしれませんが。逆に言えば、ほとんど起きない上、起きたとしてもとてもささいなことに頭を悩ませていたら全くの不毛ですね。具体的な根拠なく悩むことは辞めたいものです。
2006年02月21日 | 道は開ける | Comments (0) | Trackbacks (0)
避けられない運命に調子をあわせる点について強調されていました。次の1節にうまく表現されていると思います。「私たちには長い人生を歩むあいだに、どうにもならない不愉快な立場に立たされることが多い。それはどうにもしようがない。選択は私たちの自由である。そういう立場を天命として受け入れ、それに自分を順応させることもできるし、あるいは、一生を台無しにしてまでも反抗し、神経衰弱になることもできる。」 もちろん、これは単純に運命を受け入れる、流されて生きる、という安易な考え方ではなく、事態を好転させるチャンスがあれば戦うが、常識で判断して万事休すとなれば「悪あがきをしたり逆転を望んだりしない」ことが正気の沙汰であるということです。書中で紹介されていたラインホルト・ニーバーの祈りがとても良い言葉でした。どこか目に付くところに貼っておきたい言葉です。
神よ、われにあたえたまえ、
変えられないことを受け入れる心の平静と、
変えられることを変えられる勇気と、
それらを区別する叡智とを
あるがままに受け入れること。確か、仏教の思想にもこういう考え方はありますよね。過去に起きた事実、今生きている事実、避けられない運命、はそれを受け入れる方がはるかに楽になる、いろいろ悩んだ末、僕もこれはそうだと思うようになりました。特にJW2世であった経験から言うと、自分がJW2世であった事実、JWの影響を受けた家族、その時々の苦渋の選択を行ってきた末にある今の自分、現在もJWの価値観の中で暮らす人が大勢いいる事実、これから生きていくであろうこの社会、これらを受け入れることが楽に生きるための助けになったように思います。
僕は、環境や友人等に恵まれ幸運にも受け入れることができた、あるいはできつつありますが、元JW2世という観点から考えると、受け入れるのはなかなか厳しい場合もあるとは思います。長い間、「世のものではない」という思考パターンで生きてきたとすれば、そう簡単に自分を世の中にあわせられないかもしれませんし、無条件に受け入れてもらった経験が少ないとしたら、自分で自分を受け入れることが難しいかもしれません。また、家族や身近な誰かが熱心に活動していたり、精神的、時間的、体力的にそこまで考える余裕が無かったり、そういう思考パターンをした経験が少なかったりするということもあるでしょう。なにかと難しい問題です。
2006年02月22日 | 道は開ける | Comments (2) | Trackbacks (0)
生活に有害なものに人生を消費しすぎていないかという点について書かれていました。株式投資では、損失をなるべく抑えるために、株価が一定水準まで下落した際に株を売却してしまうストップ・ロス・オーダーという考え方があること、多くの人々は価値以上に代金を支払いすぎていること、が多くの例を交えて紹介されていました。悩んでいることの重要性を考え、その価値以上に代金(人生)を支払いすぎることがないようにと忠告されていました。
今悩んでいることはどの程度の期間(1日か1年か1生か・・)悩むに値するものか、これらを考えるためには、物事の重要性を判断できる能力とそれに対して費やす代金を決定しそれに従う能力が必要そうです。こういう考え方があることを知れば、またこういう能力が身につけば、悩みから解放される一助になるのはもちろんのこと、書中で書かれていた株取引など、いろいろな場面で応用が利きそうです。自分の思考、行動パターンに組み込みたい考え方です。
2006年02月23日 | 道は開ける | Comments (0) | Trackbacks (0)
終わったことについて悩むなと書かれていました。「こぼれたミルクをくやんでも無駄」ですし、「橋に来るまでは橋を渡る」べきではないのです。オガクズは挽いた後のカスであって、オガクズを挽くことはできません。過去を建設的なものにするためには、過去の失敗を冷静に分析して何かの足しにするか、忘れるしかない、とのことでした。
僕はあまり後悔をしないタイプの人間なので、過去の失敗で悩むと言う経験はあまりないです。(ただ、現在の悩みを解決するために過去の出来事を振り返ることはよくありますが)。失敗をしたら何かを学ぶようには心がけていますが、同じ失敗を繰り返すことも多く、まだまだ勉強の足りなさを実感してます・・。ただ、もしかしたらこれまでの人生で後悔するような大きな失敗をしたことがないだけで、今後、後悔し過去のことで悩む事態に遭遇することもあるかもしれないです(例えば、何かの失敗で全財産をスってしまうとか・・。)
2006年02月24日 | 道は開ける | Comments (0) | Trackbacks (0)
本節から、平和と幸福をもたらす精神状態を養う方法について紹介されています。この節での主張は端的に言えば、考えを変えれば幸せになる、「快活に考え行動すれば自然に愉快になる」というものでした。まあ、当たり前と言えば当たり前ですが・・。ウィリアム・ジェームスの言葉がなかなか良いものでした。
行動は感情に従うように思われているが、実際には行動と感情は同時に働くのである。意志の力により直接的に支配されている行動を規制することによって、意思に支配されにくい感情をも規制することができる。だから、快活さを失ったとき、他人に頼らず自発的に快活さを取り戻す秘訣は、いかにも楽しそうなようすで動きまわったり、しゃべったりしながら、すでに快活さを取りもどしたようにふるまうことである。
快活に考え行動するようになれば良いといわれても、習慣や行動パターンを変えるのは意外と大変かなと思います。特に幼い頃から習慣となっている行動ほど変えにくいのかなと。この前読んだ「日々のアファメーション」の中では、習慣を変えるためには、
2006年02月25日 | 道は開ける | Comments (0) | Trackbacks (1)
この節では、仕返しをしないように、それは敵を傷つけるより自分を傷つける結果になるからである、また、嫌いな人について考えたりして時間を無駄にしないように、と主張されていました。古いことわざによると、「怒れない人はバカ、怒らない人は利口」だそうです。敵を許すこと、例えば自分自身よりも限りなく大きな主義主張に夢中になれば侮辱や敵意など問題ではなくなること、などが書かれていました。
怒りも適度にある分には大事な感情だとは思いますが、怒りが強すぎると何かとよくないですよね。周りに与える影響はもちろんのこと、心臓病や高血圧症、胃潰瘍などの原因にもなりかねません。仕返しをするなということはJW時代に刷り込まれているので、まあ、比較的受け入れ維持しやすい性質かなとも思います。そう簡単な道でもないのかもしれませんが・・・。最近は恵まれた生活をしているためか、日常で仕返しをしたいという気持ちになることがないので、今後、仕返しをしたいという気持ちになった時に果たしてそれを抑えられるかどうかはよくわからないところです。
2006年02月26日 | 道は開ける | Comments (6) | Trackbacks (0)
恩知らずについて憤慨したり、心を痛めないための3つの点について強調されていました。
幸か不幸か、普段恩知らずに対して憤慨するということを経験していないので、この節の内容に関してはなんともいいにくいところです。恩といえば、善意の有無と、結果の良し悪しは一致しないので、善意というのは何かと難しい問題だとは思います。人のためになると判断、行動し、良い結果が得られれば、喜んでもらえなくても万々歳ではあります。ただ、人のためになると判断して行動したものの、残念ながら悪い結果になると悲しいですね。判断が間違えていたのか、行動が間違えていたのか、分析して次回に活かすしかないです。逆に自分に何か良いことや悪いことが起きた時も、それが相手の善意から出ているのかきちんと分析しておかないと、ともすれば恩知らずになりかねないので、注意が必要なところです。相手の善意から出てるとわかっていても、それを拒まないとといけない場合も多々ありますし・・・。このあたりの判断や行動、対応は何かと難しく、もう少し経験が必要そうです。
2006年02月27日 | 道は開ける | Comments (0) | Trackbacks (0)
自分の持っているものを数えてみて、それで満足しようという話でした。「自分に備わっているものをほとんど顧慮せずに、いつも欠けているものについて考える」傾向があることが悲劇であり、不幸をもたらすとのことでした。「あらゆる出来事のもっとも良い面に目を向ける習慣は、年間1千ポンドの所得より価値がある」というジョンソン博士の言葉もなかなか的を得ています。
持ってるもので満足して足りないもの求めて嘆き悲しまない、楽に生きるためには大切な考え方かなと思います。足りないものを求めることは悪いことではないとは思うのですが、嘆きながらそれを求めるのは辛いので、今持っているもので満足して、その上でさらに良くなるために持っていないものを得ようと考える方が楽でしょうね。もし、どうがんばってもその足りないものが手に入らないのであれば、そのことは忘れて、今あるもので満足する、ということも気楽に生きるためには重要かなと思います。まあ、実際にそう考えられるようになるのは難しいものですが、精進していきたいところです。
2006年02月28日 | 道は開ける | Comments (0) | Trackbacks (0)
自分らしくふるまうことの重要性が強調されていました。自分らしく振舞わないことこそさまざまな神経症、精神異常、感情抑圧の潜在的原動力となるのであり、また、アンジェロ・パトリの持論では「もっとも悲惨な人間は自分の肉体と精神を捨てて、別の人間や動物になりたいと願う人である」とのことでした。
日本にはいわゆる「他人に迷惑をかけない」とか、聖徳太子の17条憲法にもあるように「和をもって尊しとなす」という考え方、文化があり、自分らしく振舞うより周りに合わせることを大事にする人が多い、また、そういう傾向のある社会ではないかなと思います。JWの社会も、自分で考えずに組織の考え方で考えることが求められるので、自分らしく振舞うにはあまり適していない社会かと思います。自分の意見ではなく、他人の望む意見、あるいは他人の意見を言うことは、それはそれで良い面もあるのですが、良くない部分も多々ありますよね。僕は、他人の望む意見ばかり言っていると、自分の意見が分からなくなってしまうし、自分の意見を言わないと自分の言動に責任を持ちづらくなるのではないかと思います。また、この節で述べられていたように、精神面での障害にもつながることもあるでしょう。もちろん、自分の意見ばかり言う単なる利己主義者、エゴイストが良いのかというとそういうわけでもないと思うので、他人の意見を尊重しつつ、適度に自分の意見を言うというバランス感覚が必要なんでしょうけど。必要あるいは適切な時には、自分の意見を適切に表現できるよう、今後とも自分への問いかけを続けていきたいものです。
2006年03月02日 | 道は開ける | Comments (2) | Trackbacks (0)
「レモンを手に入れたらレモネードをつくれ」。ここで、レモンという言葉には不快なものという意味があるようです。心理学者アルフレッド・アドラーによれば、人間には、その驚嘆すべき特質の一つとして「マイナスをプラスに変える」能力があるとのことでした。盲目であったのにすぐれた詩を書いたミルトン、耳が聞こえなかったのにすぐれた音楽を作曲したベートーヴェン、盲目と聾唖にもかかわらず輝かしい生涯を送ったヘレンケラー、悲劇的な結婚で追い詰められたものの不朽の名曲を生み出したチャイコフスキー、苦難に満ちた人生を送ったものの不滅の小説を生み出したドストエフスキーやトルストイ。著者によると悪条件を背負っていたものの成功した人はおどろくほど多いそうで、書中、いくつもの具体例が紹介されていました。特に、最後に引用されていたウィリアム・ボリソの言葉は胸に刻んでおきたい言葉でした。
人生でもっとも大切なことは利益を活用することではない。それならバカにだってできる。真に重要なことは、損失から利益を生み出すことだ。このためには明晰な頭脳が必要となる。ここが分別ある人とバカ者との分かれ道だ。
生きていると、その中でレモンと思えるものによく出くわします。それをレモネードに変えていくにはかなりの時間と努力が必要になるとは思いますが、なんとかしてレモネードにしたいものですね。JW2世という経験はレモンではないのかなと思うのですが、せっかくのレモンなのでうまく加工すればレモネードに変えれると思っています。具体的にどのようにレモネードに加工していけばいいかは難しいところですし、おいしいレモネードに加工できるかは微妙なところですが、少なくとも「レモンをレモネードに変える」経験や技術を得ることはできますよね。似てるけどレモンではないこともたくさんあるとは思うので、レモンを見分ける力も必要ですが、今後、レモンと思えることに遭遇したらそれをレモネードに変えるという努力をしていきたいものですし、そういう視線でレモンを捉えていきたいものです。
2006年03月03日 | 道は開ける | Comments (1) | Trackbacks (0)
精神分析医アルフレッド・アドラーの言葉によると、「どうしたら他人を喜ばすことができるか、毎日考えてみる」と二週間で憂鬱症は全快するとのことです。他人に興味を持つことによって自分を忘れ、毎日、だれかの顔に喜びの微笑が浮かぶような善行をこころがけようとのことでした。
二週間でうつ病を治す、うつ病の原因にはいろいろあるので、この方法で全うつ病患者が治るとは思えませんが、治る方もおられるのかなという気はします。確かに、他人を喜ばせることを考えることは大切な考え方なのかなとは思います。もちろん、その前に自分を喜ばせることができることが真に他人を喜ばせる上では必要な条件になるとは思いますが。僕の心の中には、昔鍛え上げたせいか、人に対する無関心さが結構あって、あまり人を喜ばせようという気になることは少ないです。この性質を身につけられるのかと言われると自分でも怪しいところがあって、この節の話に関してはペンディングとしておきます。
2006年03月04日 | 道は開ける | Comments (4) | Trackbacks (0)
デール・カーネギー氏の両親が宗教心を持って悩みを克服したこと、また、多くの人が宗教心を通して悩みを克服してきた事例が紹介されていました。神を信じる/信じないは別にして、祈ることの効用は以下の3つだそうです。
絶対的な神という存在に全て任せてしまえば、悩みは減るだろうなと思います。自分に自信が無いときに、神という存在を置いて、それに信仰を持ち、悩みをそこでストップすれば、あとは生産的な方向に頭を使えば良いので楽に生きられそうではあります。信仰を持っている人は長生きするという話を聞いたことがありますが、うまく宗教を利用すれば良いことはたくさんあるんでしょうね。ただ、僕は「人間のために宗教があるのであって、宗教のために人間があるのではない」と思っているので、後者よりの思想をするのは難しいところです。
続きを読む "19. 私の両親はいかにして悩みを克服したか"
2006年03月05日 | 道は開ける | Comments (1) | Trackbacks (0)
20節から22節までは批判を気にしない方法について述べられていました。この節のタイトルは過激ですが、犬が元気であればあるだけ、大物であればあるだけ、人間はそれを蹴飛ばして大きな満足を得る、つまり、不当な非難はしばしば偽装された賛辞であるとのことでした。
まあ、果たして元気な犬を蹴飛ばす人がそれほどいるのかは、現代日本社会に住む者としてあまり想像しにくいのですが、要は「出る杭は打たれる」ということですよね。これは、歴史的に見ても、今の世の中を見ても、よくあることです。有名税というのもこれでしょう。出る杭であるがゆえに不当に非難されることがあるということはよく覚えておきたいものです。ただ、出る杭になったらの話なので、今の自分にはそれほど当てはまらないようにも思いますが・・。また、正当な批判を出る杭故の非難と勘違いするのは恥ずかしいので、批判の種類を見極める力を日々の生活で養って行きたいところです。
2006年03月06日 | 道は開ける | Comments (2) | Trackbacks (0)
他人からの不当な批判をまぬがれることは到底不可能ですが、不当な批判で傷つくかどうかは自分次第だとのことでした。ここで注意しておきたいのはあらゆる批判を無視するのではなく、不当な批判だけを無視するということです。全員から良く思われたいのにそう思われていないことが分かり悩んだ例がいくつか紹介されていました。自分が成しうる最善を尽くして、結果がよければ非難など問題ではないとのことでした。
正当な批判はそれはそれで参考にするべきですが、不当な批判、誹謗などは自分にとって何の役にもたたないので無視してしまう方が幾分もましですよね。多様な価値観のある社会で、誰からも好かれることは不可能ですし、全ての人に分かってもらおうと気を使って参ってしまうよりは、自分の受け取り方を変えたほうが楽です。僕はまだまだ不当な批判を気にする方なのですが、もっと不当な批判を気にしなくなるようになりたいものです。もちろん、正当な批判であればそれは受け入れた方が良いですし、批判が不当なものか正当なものかを見極める力も身につけていきたいところです。
2006年03月07日 | 道は開ける | Comments (1) | Trackbacks (0)
人から受けた批判が正当なものなら受け入れようということでした。人から言われる自分に対する意見は自分の意見よりも真実に近いこと、人は常に正しく振舞えるわけではないこと、が書かれていました。
僕も、正当な批判を受け入れることはかなり大事なことだと思います。僕は職業柄、常に批判にさらされるところにおり、批判を冷静に分析し受け入れる能力を身につけることは何かと緊急な課題の一つでもあります。ただ、批判が正当なのかそうでないのかを見極める必要がありますし、批判に対して思考を巡らせるだけの余裕や分析力等も必要で、なかなかうまくいかないところではありますが・・。でも、正当な批判から得られるものは多いですよね。まだまだ批判10に対して1を知る程度のことしか出来ていないような気がしますが、批判1に対して10を知るくらいの思考ができる人間になりたいものです。
2006年03月08日 | 道は開ける | Comments (1) | Trackbacks (1)
23節から最後の28節までは、疲労と悩みを予防し心身を充実させる内容について触れられていました。疲労は恐怖や心配に対する感情面の抵抗力を低下させ、しばしば悩みを引き起こすため、疲労についての対処法を知ることは悩みを予防するために重要なことなのだそうです。この節では、特に休息の必要性が強調されており、休息をとることで長期的に見て作業量が増える例がいくつか紹介されていました。
休息の重要性は、よく聞く話です。それほど詳しくないのでたいしたことは言えないのですが、この節で紹介されていた実例を見るに、休息したほうが良いんでしょうね。忙しく過ごしておられる方から見ると、うらやましがられるかもしれませんが、僕は今のところそれほど忙しい生活を送っていないので、休息の必要性と言われてもそれほどピンとこないです。まあ、年中常に忙しくないわけではなく、どうがんばっても忙しくなる時期もあるので、そういう時期には、あえて少しの休息を取ることも試してみたいところです。
2006年03月09日 | 道は開ける | Comments (2) | Trackbacks (0)
疲労の大部分は精神的原因から来ており、純粋に肉体的原因で消耗する例はまれである、とのことでした。普段からリラックスして日常生活を過ごせばあまり疲れないとのことです。リラックスして生活するための4つの提案がなされていました。
僕は一人で一日中机に座っているパターンの生活スタイルですので、幸い、この提案を実行しやすい環境にあります。確かに、気が付くといろいろなところに力が入っています。特に目に力が入っていることが多いです。どうせあまり誰も見てないんだから、リラックスしたほうがよさそうですね。まあ、ある程度TPOをわきまえてやらないといけなさそうですが。
2006年03月10日 | 道は開ける | Comments (5) | Trackbacks (0)
疲労を忘れ、若さを保つために、悩みを信頼できる人に打ち明けることの重要性が説かれていました。また、それ以外にも以下のような方法が紹介されていました。
悩みを聞いてもらうこと、これは気持ちが晴れる方法ですよね。まあ、聞かされる側にとってはあまり気分の良いものではないとは思いますが・・・。聞いてもらわないにしても、言語化、文字化して書きとめてみるだけでも効果はあるのではないかと思います。例えば、精神科医の斉藤茂太さんの本などを読んでいると、嫌なことがあればこっそりとノートに書いて気分を晴らしているという記述を目にしますが、そういうのも一つの手だと思います。また、インターネットが発達した今の時代なら、掲示板やブログでいろいろ吐き出すという手もあるかと思います。まあ、吐き出す場所はきちんと選んだ方が良いとは思いますが。。自分なりに悩みを吐き出せる場所を作っておきたいものですね。
2006年03月11日 | 道は開ける | Comments (2) | Trackbacks (0)
勤務中に疲労と悩みを予防するための四つの習慣が書かれていました。
いずれも常々必要だと感じながらも、恥ずかしながら身につけられていない習慣です。この節に書かれているのを読んで、改めて、これらの習慣性の重要性を認識させられました。これらの習慣を身につけることが、仕事や人生の効率を上げるだけではなく、疲労と悩みの予防にもなるんですね。特に(2)については自分の弱いところで、ついつい簡単なものや好きなものから順に片付けてしまい、追い込まれてから重要なものに手をつけるという傾向があり、これまで何度も痛い目に遭いました。今後は、特に(2)に着目して、この性質を身につけられるように過ごして行きたいところです。さっそく、メモ用紙にこの言葉を書いて机に貼っておきました。がんばります。
2006年03月12日 | 道は開ける | Comments (0) | Trackbacks (1)
まず、疲労や悩みの原因はたいてい倦怠、退屈であることが述べられていました。次に、自分の仕事に興味を持つようにして、楽しむようにして、仕事も余暇をも充実させた実例がいくつか紹介されていました。仕事に興味を持てば悩みからも解放されるし、長い目で見れば昇給や昇進にもつながる、そこまでいかないとしても、疲労は最小限に軽くなるし、余暇を楽しむことが出来るようになるとのことでした。
仕事に興味を持つ。興味のある事を仕事に出来ればある意味幸運なのですが、経験上、なかなかそううまくいってる人は少ないようです。例え興味のない仕事をしているとしても、その仕事に興味を持てればその先の人生、良い事ずくめになるんでしょうね。まあ興味は無くてもやっていくうちに認知的不協和の心理が働き、好きになるということがあるかもしれませんが。僕自身は、残念ながら、実際今やってることにそれほど興味があるわけでもないのですが、かといって他の事ができるわけでもなさそうなので、うまく思考パターンを変えて今のことにもっと興味を持つようにしてしまいたいです。
2006年03月13日 | 道は開ける | Comments (2) | Trackbacks (1)
不眠で悩まないようにするための5つのルールが紹介されていました。
僕は幸い不眠症で悩んだことがないので、あまりこの節で述べられていたことにシンパシーを感じませんでした。逆に、一時期、過眠ではないのかと思ってました。。いろいろ話を聞いていると、JW2世の方で寝ることが好きな方は割と多いというイメージがあるのですが、実際のところはどうなんでしょう?
2006年03月14日 | 道は開ける | Comments (0) | Trackbacks (0)
道は開けるの再読が終了しました(最後の実話31編の感想は省きます)。結論としてはやはり名著だったということです。書かれた時代背景や地域が今の僕の実情と違うので、細かなところまで完全に自分にあうというわけではないものの、本質的な部分は非常に役立つものでした。ゆーじさんが勧めている理由も納得できます。一度読んだはずなのに、今回読み直して以前よりも深く頭の中に入ってきたのは、1節ずつ文章化したためという理由もあるとは思いますが、ある程度の実体験が伴わないと書かれている内容を実感できないからという理由もあるのかもしれません。今回読んだ内容が全て実体験に基づいていたかというとそうでもない箇所も多少ありましたし、また、デール・カーネギーが7年もの期間をかけて執筆した本を数回読んだ程度で完全に理解できている、その内容が身についているとは到底思えないので、ある程度時間が経ったらもう一度読み返してみたいものです。
全記事は自分のために(まあ、このサイト自体、自分のために作っているのですが)書いているので、他の方が読んで参考になったかどうかは分かりませんが、こうやって1節ずつ本の感想を書いていくと意外と本の内容が頭の中に入ってくるなということが分かりました。20代でJWを辞め自分自身や人生設計の再考を迫られてから、自身に不足しているものや他の事例を考慮し、人生を楽しく(気楽に)生きられるとしても30代以降になるかもしれないなと思い、20代のうちに気楽に生きられることは期待していなかったのですが、どうも思ったより早くその状態に到達できるのではないかという予感がしてきています。
こうやって本の感想を書いていくと、時間と体力は使いますが、自己投資という面から言えばかなり有用なのではないかなと思っています。できることなら他の名著と呼ばれる本も読み直してこうやって感想を書いていきたいものです。ただ、これまではJWサイトにあるコンテンツということを意識して、ところどころ無理矢理JWに結びつけた展開の話をしていましたが、その展開はそろそろ限界という気はしていますが。また、これまで自分のためのメモ書き、自分が分かれば良いという立場で文章を書いており、多くの読み手に伝えるという意図はそれほど入れていなかったのですが、元気や時間があれば、これまで書いた文章をまとめなおして何らかの形で公開するかもしれません。まあ、できればいいなと思っていることを書き連ねているだけで、実際にやるかどうかはわかりませんが・・・。「道は開ける」の26節にあるように物事は重要なものから片付ける方が良いので、重要なものを片付けていってまだエネルギーが残っていれば取り組むことにします。
良心の危機―「エホバの証人」組織中枢での葛藤 レイモンド・フランズ (著)、樋口 久(訳)。「エホバの証人」として知られている宗教団体内部での記録。宗教団体内部でいかに物事が決定され、それがいかに全エホバの証人の生活に影響するかを、なまなましく、ありのままに語る(「MARC」データベースより)。
カルトの子―心を盗まれた家族 米本 和広 (著)。エホバの証人、オウム、統一教会、ヤマギシ会、ライフスペース…。平凡な家庭にカルトが入り込んだとき、子どもたちはどうなるのか。カルトの子が初めて自分達の言葉で語った、心を盗まれた家族の実態(「MARC」データベースより)。
昼寝するぶた―ものみの塔を検証する! 大下 勇治 (著)。元エホバの証人二世が、世間から巧妙に隠された「エホバの証人」の真実を暴く。エホバの証人の教えを忠実に守る信者の現状と、二世と呼ばれる信者の諸問題を描く。インターネットサイト『昼寝するぶた』に加筆編集し単行本化(「MARC」データベースより)。
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