JW (エホバの証人)、サイト運営、技術、自己啓発、雑談など雑多な話題を密かに扱う不定期更新の雑記。
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2章では、体の生存に必要なもの、心の健康に必要なもの、子供らしく生きる権利といったものを備えなかったり奪ってしまう「義務を果たさない親」について述べられていました。具体的に親の義務としてここでは (1) 子供の肉体的なニーズ(衣食住、体の健康に必要なもの)に応える、(2) 子供を肉体的な危険や害から守る、(3) 子供の精神的なニーズ(愛情や安心感、常に注目していてやることなど、心の面で必要なもの)に応える、(4) 子供を心の面で危険や害から守る、(5) 子供に道徳観念と倫理観を教える、の5つが述べられていました。本性の内容を簡単に羅列すると以下のとおり。
「罪悪感」と「過剰な義務感」は、子供時代に自分の意思に反して親子の精神的な役割が逆転させられた人間に典型的なものである。そういう人間は大人になった後も、あらゆることの責任を引き受けて頑張ってしまう傾向がなかなか抜けないことが多い。だがいくら頑張ったところで、すべてを完璧にやり遂げられるわけではない。そのために自分に対する「不十分感」は消えず、心が晴れないので、ますます頑張るという悪循環に陥るのである。これはエネルギーを非常に消耗させ、いくら頑張っても何かをやり遂げた満足感は永久に得られない。(「毒になる親」 p.53-54)
問題を複雑にしている要因のひとつに、この種の親の多くは自分の抱える問題のためにすでに救いようのない状態にあるため、他人がそれを見ると哀れを感じてしまうということがある。これは、その子供となればなおさらで、親の救いようのなさ、あるいは無責任さを見ると、子供はつい弁護したくなってしまうのである。(中略)。そういう子供が大人になるとよく「親は悪意があってそういうことをしたわけじゃないんです」、「彼らなりにできるかぎりのことはしたんです」と言って親を弁護するが、そのような弁護は、親が責任を果たさなかったという事実をあやふやにしてしまう。(「毒になる親」 p.63)
まずはじめに、自分はどうして楽しい子供時代がなかったのか、と考えてみることからはじめるとよい。そして負わなくてもいい責任を負わされたことによって、自分はどれほどのエネルギーを消耗してきたかという事実を受け入れると良い。(「毒になる親」 p.63)
2009年01月07日02:30投稿 | 毒になる親 | Comments (0) | Trackbacks (0)
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