JW (エホバの証人)、サイト運営、技術、自己啓発、雑談など雑多な話題を密かに扱う不定期更新の雑記。
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定期的に購入している雑誌の一つに、「PHP」(PHP研究所が出してる雑誌。プログラミング言語のPHPではないです)があるんですが、2007年1月号に面白い言葉が載っていました。
松下幸之助は、人生のほとんどの部分がいわゆる運命によって決められているのではないかと言います。晩年にはその比率は90パーセントということもありました。「そのようなことを言われたら、やる気がなくなるのではないですか」という問いに、「いや、そうではない。人間に残された10パーセントの人事の尽くし方いかんによって、みずからの90パーセントの運命がどれだけ光彩を放つものになるかが決まるのではないか」と答えていました。
僕も人が人生のうちで自分の力で決められること、変えられること、自分の意思ではどうにもならないことがどれくらいあるのだろうかと考えることがよくあり、松下氏のこの言葉にはなかなか考えさせられるものがありました。確かに自分で決められること、変えられることも多いんですが、決められないことや変えられないこと、変えるには多大なコスト(時間やお金、労力)がかかるということも多いように思います。そういう決められないことや変えられないことをどれだけ輝かせることが出来るか、自分にとってのプラスにできるが、生きていくために大事なことなのかもしれない、と常々思ってました。まあ、それらが90パーセントもあるのかは良くわかりませんが。
よく引用されるダーウィンの「種の起源」の中の言葉にも
生き残る種とは 最も強い種でも最も賢い種でもなく 最も変化に適応できる種である
というものがあります。どこかの本で、遭難した時に大人より子供のほうが助かるのは、子供のほうが環境に適応しやすく逆らったりしないからということを読んだことがあるのですが、変えられないものや環境、運命へ適応するといったもは生きていくために大切な要素なのかもしれません。もちろん、何のポリシーも無く、何の考えもなく生きていく、適応していくのが良いというわけでもないとは思うので、変えられないものには適応する、変えられるものは適応させる、という感じが良いのでしょうけど。
といいつつも、自分には否定癖と逃避癖がついていて、現実(や運命)を受け入れられなかったり、否定したりすることが多く、なかなか「運命を輝かせる」ことが出来ていません。そういうわけで、今年の抱負としては「変えられることは変えていくが、変えられないことには逆らわず受け入れる(適応する)」「まず認める」という事をもう少し実践していきたいです。特に「適応」というキーワードを重視していきたいです。過去、起きてしまった事、自然法則などどうしようもないことに逆らわない、生きている以上自分が生きていることから逃げられないので自己否定よりは自己肯定に努める、自分の住んでいる地域、職場(の良さ)を認める、自分の人生(の良さ)を認める、他人(の良さ)を認める、この世界、社会(の良さ)を認める・・・といったところかな。もちろん改善の余地があることはより良くなるように変えていくということですが。あまりまとまった文章でもなく、単にポジティブシンキングを身につけるということと同じようなことを言ってるのかもしれませんし、同じようなことばかり言っていたり、そう簡単なことでもないのですが、気をつけていきたいです。
2007年01月04日13:49投稿 | 自分のこと | Comments (0) | Trackbacks (0)
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