雑記:「道は開ける」 再読終了

JW (エホバの証人)、サイト運営、技術、自己啓発、雑談など雑多な話題を密かに扱う不定期更新の雑記。

「道は開ける」 再読終了

道は開けるの再読が終了しました(最後の実話31編の感想は省きます)。結論としては、今の自分にとっては名著だったということです。書かれた時代背景や地域が今の僕の実情と違うので、細かなところまで完全に自分にあうというわけではないものの、本質的な部分は非常に役立つものでした。ゆーじさんが勧めている理由も納得できます。一度読んだはずなのに、今回読み直して以前よりも深く頭の中に入ってきたのは、1節ずつじっくり読んだという理由もあるとは思いますが、ある程度の実体験や経験が伴わないと書かれている内容を実感できないからという理由もあるのかもしれません。ただ、デール・カーネギーが7年もの期間をかけて執筆した本を数回読んだ程度で完全に理解できている、その内容が身についているとは到底思えないので、ある程度時間が経ったらもう一度読み返してみたいです。

本書に書かれていた内容をまとめると以下の通りです。

2006年03月15日07:00投稿 | 道は開ける | Comments (6) | Trackbacks (0)

この記事に対するコメント

自分のために生きていけるということ
生きている事、今自分が何を思い、何を感じているか、しっかりと意識しながら生きていく事は大切のようです。
昨夜テレビで今、全国的に有名になっている英語講師の竹岡広信さんが出演し語っていました。
彼の考え方、教え方は今とっても注目されているようです。
でも彼は最初から生徒たちを教えるのが上手だったわけではなく、最初は全く効果が上がらずに非常に落ち込んでいたようです、そのために自暴自棄になって10年間ぐらいパチンコなどのギャンブルに明け暮れる無味乾燥な生活を送っていたそうです。
彼に言わせるとその10年間の事はほとんど覚えていないそうです。

私自身の子供時代、彼の話し又多くの元JW2世の人たちの話を聞いて思うのですが、人から無理やり押し付けられた生活や又なんの目標もない日々を送ると人は生きているという実感を持つ事が出来なくて、感情のないロボットのようになってしまうのかなと思いました。
だからどんな生き方にしろ自分が選んで自分がその事を自覚して、積極的な生き方をしなければいけないのだなと思いました。


Posted by 月子 at 2006年03月15日 19:09

コメントありがとうございます。

幸いにも、比較的、自分で様々な将来を選択しやすい時代、地域に生まれているので、自律的に将来を選択出来た方が楽しく生きれるんでしょうね。選択できない、選択肢が狭い環境にいたとしても、社会でそこそこやっていけて自分がそれなりに納得できる職業、社会的役割となれるならそれはそれで良いのかなと思いますが、はじめから役割を押し付けられる上にそれが自分の望むものと違っていたらとてつもない悲劇ですよね。JW2世の場合は、社会でそこそこやっていけない可能性もはらんでいてさらに複雑ですが。

自分で選択しその結果の責任は自分でとる、当たり前のことですが、なかなか奥深いところですよね。

Posted by yosh at 2006年03月15日 21:50

次の本も楽しみにしてます。

Posted by お? at 2006年03月20日 18:25

>お?さん

どうもです。時間があればやりたいんですがねえ。なかなか取り辛いところです。。

Posted by yosh at 2006年03月22日 14:35

「道は開ける」、私もようやく読み終えました。
特に忙しい生活をしているわけではないのですが、気の向いた時に少しずつ読んでいたら かなり時間が掛かりました。
「ストップ・ロス・オーダー」の考え方が、印象に残っています。出来れば その概念を自分のものにしたいです。ただ私は女だからそう思うのか、恋とか 自分が苦しいだけの人を想う気持ちに関して、あらかじめ歯止めの基準値を設定することは不可能のようにも思えました。

なるべく 幸せでありたいと思います。

yoshさんは、他にも沢山 自己啓発書等読んでおられるようで、何となく「直球型の努力家!!」というイメージを勝手に作ってしまいました。
yoshさんの中でJW2の過去は、きっと 既に片づいていることなのだろうとも感じています。

記憶が少ない、日常であまり思い出すことがない、という点では 私の中でもJW2は終了している感があるのですが、本来思春期の過程でなすべき課題だったらしい自我同一性の確立というものに私は失敗したらしく それで今も思春期が終わっていないと精神科医に言われた時は、どうすれば良いのか見当も付かず、原因と言われている「幼少期における多様な価値観の体験」というのは JWの影響以外に思いつくものがなくて、それで少し 宗教を恨みました。

でも課題に失敗したのは自分なので、これからずっと ものの考え方 感じ方を、自分で少しずつ直していく他ないと思っています。
よかれと思って子供にJWを強いた親を恨む気はありませんが、今でも「奉仕」と言って布教活動へ参加する親の話を聞くと、自分のような子供がまた出るのではないかとか、(よかれと思って)親は大変な罪を犯してしまっているのではないかとか、たまに不安になります。
議論は好きでないので親を説得しようとは思いませんが、出来れば親が布教活動だけでも思いとどまってくれたら、と内心では願っています。どんな親でも、子の私にとっては有り難く かけがえのない親であることには違いないのですが。。

Posted by kana at 2006年04月14日 10:18

kana さんコメントありがとうございます。

僕はあんま努力家ではないですよ。
常日ごろ、もっと努力をしたほうがいいかなと思ってます(^^;

> 本来思春期の過程でなすべき課題だったらしい自我同一性の確立というものに私は失敗したらしく 

自我同一性の問題については、多くのJW2が経験する問題なのかなと思います。
僕も確立できているのかと言われると怪しいところもあるのですが、過去の自分と比較すると確立できつつあるのではないかと(漠然とですが)感じており、まあ前には進んでいるなといったところです。
残念ながら成長過程で獲得できなかったものを、今後、少しずつ獲得していければいいですよね。

Posted by yosh at 2006年04月14日 16:15


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