日々のアファメーション

こっそりと健全な思考パターンを獲得することを目指す、自分の自分による自分のための記録。

苦しんでいるのは自分一人ではない (8/9)

自分は生きるのに、あたいする人間です。
自分は、自分のままでいいのです。
自分は愛するに、あたいする人間です。
自分は、自分の居所をつくっていいのです。
自分を、うんと好きになります。

苦しんでいるのは一人ではなく、他の人も同じような経験をして生きてきたと知ったときに、肩の荷がおりるような感じがすることがある、今からでも回復、改善の道を歩き始めましょうとのことでした。

いわゆるJW2の経験として考えると、こうやってインターネットが発達したことで、多くの人が似たような経験をしていたり、同じような軌跡をたどっている場合があることを知ることが出来、これらの情報は、結構、自分の過去との向き合いや、今後の行き先を模索する点で役に立ったように思います。また、JW2以外の人達に目を向けても、周囲に虐待を受けて育った人、身体に異常を持って生まれた人、他宗教の家庭に育った人がいたり、あるいは他の地域時代などのことを考えると、搾取されて貧しい国があったり、戦争が起きている地域があったり、差別されている人々がいる。人間以外に目を向けてみると、過酷な条件で育てられている家畜、新製品開発のために実験体として消費される生命、飼い主がいないために安楽死されるペットなど、いろいろある。こういったことを考えていくと、もちろん、比較的恵まれた環境で順調に一生を終える人もいるのでしょうけど、自分の苦しみは相対的に見ても(おそらく絶対的にみても)それほど上でも下でもないし、恵まれている部分もそれなりに多いし、人はそれぞれいろいろな悩みや苦しみを抱えて生きている、望めば苦しまずに生きることができる環境にいる自分はそれなりに恵まれているといったことを思うようになり、結構、自己肯定をするための助けになりました。

他と比較してどうこうということになるのかもしれないのですが、いろいろ情報を入手することで、どこが恵まれているか、どこがあまりよくなかったか、あるいは、苦しんでいることは世間的に見てどの程度のものか、などいろいろ考えることが出来るので、情報をいろいろ入手し、考えることは結構有用なのかなと。道は開けるの4章で「誰でも時間の許すかぎり、公平な客観的立場で事実を集めることに専念すれば、普通の場合、悩みなど知識の光によって蒸発してしまうだろう」と書かれてましたが、まさに、これに同意する部分が大きく、情報や知識は結構有用だなと思う次第で、今後とも、情報の収集に励みたいです。なんか今回の記事と話の展開の方向性が少しずれてるかもいしれませんが。

2006年08月09日投稿 | August | Trackbacks (0)

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