日々のアファメーション

こっそりと健全な思考パターンを獲得することを目指す、自分の自分による自分のための記録。

自分で選択する力を (1/12)

自分は生きるのに、あたいする人間です。
自分は、自分のままでいいのです。
自分は愛するに、あたいする人間です。
自分は、自分の居所をつくっていいのです。
自分を、うんと好きになります。

自分で選択することの大切さが書かれていました。いい大学にいかなければならない、いい会社に入らなければならないという文化のある社会では、自分で考える力や選択する力はつきません。選択力がないと、問題にあって困ったときに、本当は選択肢がいくつかあるのに、「どうしようもない」だとか「しかたがない」と諦めてしまいます。選択肢を2つ以上見つけれるようになりましょうと書かれていました。

これはよく思い当たるふしがあるところです。これまでの人生を振り返ってみると、本当は選択肢がたくさんあったのに自分で考えずにきちんと選択しなかったことがよくありました。それに気付いてからは、日常の簡単なことでもなるべく選択することを心がけるようにしていますが、そう簡単に選択力は伸びていないです。自分で選択するためにはきっちりとした自分が確立されていることが必要なのだと思います。もっともっと自分を確立して、選択力を伸ばしていきたいです。

2006年01月12日投稿 | January | Comments (2) | Trackbacks (0)

この記事に対するコメント

すみません、「雑記」の方でkanaと名乗っていた者です。
何か、もう、面倒なので(ごめんなさーい)、hikariでいかせてもらいます。

これ、すごく難しいことですね。
このブログ、ふと目にとまって、まとめ読み(&読み逃げ)しようと思ったけど、今日はここで少し考えます。

私は今までも今も、選択が苦手かもしれません。
ダメと言われると、何かやってみたくなる性格ですが、それは本当の選択じゃないし、大抵自然に思いつく選択肢は、生きるか、自殺して死ぬか、の二択です。

本当に、考えてみれば他にも選択肢は沢山あるのに、「二択を思いついちゃう」自分の脳を変えるのは、なかなか難しいです。

上の五つの言葉も、私的にはかなり違和感を感じました。
少し、考えて、また来ます。
貴重な文章を、ありがとうございます。

Posted by hikari at 2006年08月06日 00:12

こんにちは。選択ってなかなか奥が深いですね。

生きるか死ぬかについては結構僕もよく考えました。「なぜ生きているのか」というJWで植えつけられた疑問と解答の内、JWを離れることで解答だけなくなってしまうと、代わりの解答は何なのか気になってしまうわけで、なかなか大変ですよね。まあ、生きてるという現実、いずれ死ぬという事実がある以上、両者をうまく受け入れられたら楽なんでしょうけど、難しいところです(特に前者)。

このブログは、あまり考えずに書いてるので、支離滅裂になってるかもしれませんが、いつでもお越しください。

Posted by yosh at 2006年08月07日 16:08


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