こっそりと健全な思考パターンを獲得することを目指す、自分の自分による自分のための記録。
こっそりと健全な思考パターンを獲得することを目指す、自分の自分による自分のための記録。
許すことについて書かれていました。まず、自分をの失敗を許し、将来同じような失敗を繰り返さないように努力する。次に、他人が日常犯す小さな間違いを許す、そして、深い心の傷をつけた人を許しましょうとのことでした。
あまり許すということを日常的にしている記憶がないのは、許していないのか、間違いを気にしてないのか。。普段あまり熱くなることがないためか許すという感覚になることがあまりないのですが、もうちょっと熱くなれたら感じられるようになるのやも。
2006年08月01日 | August | Trackbacks (0)
人によって考え方や見方が違うこと、それぞれの見方や考え方を捨て去るのではなく違うからこそ人生が豊かになると思いましょう、とのことでした。
JWの価値観から離れて一番印象的だったのが、世の中がとても多様だということでした。JWの価値観の元、一つの見方、排他的な見方、二極的な見方で過ごしてきたため、なかなか世の中の多様性に気づきにくかったのですが、これに気づけたのは、JWという価値観から離れたこと、国籍、年齢、性別などの異なる様々な価値観の人に出会ったり、批判的なものの見方、違ったものの見方で考える必要が生じたりしたことなどが影響してるのかな。白と黒の世界ではなくて、赤、青、黄、橙、紫、、といろいろな色がある世界といったところでしょうか。もちろん、よくよく見てみると、JWの中も多様ですし、元JWといっても多様なわけで、結局世の中多様なんだよなというのが今の僕の考え方の根幹の一つです。結構こういう考え方ができるようになってから、楽になりました。他人の評価に過度に左右されなくてよい、マジョリティでなくてもマイノリティでも良いと思えるようになったからかも。
2006年08月02日 | August | Trackbacks (0)
相手にいろいろ教えるのは良いが、無理に押し付けるのはやめましょう、とのことでした。
結構、僕の母親は自らの価値観を押し付けるタイプの人、(無意識とは思いますが)コントロールしようとする人だったので、子供の頃からそれが嫌で、今でも、特に親から何かを押し付けられるとつい拒否反応を起こしてしまいます。そういうこともあって、どうも人に何かをするということは苦手です。求められると応じられるのですが、こちらから能動的に何かをすることはあまりないという、なんか人間関係が凄い受動的な関係になることが良くあります。そう考えるともう少し人間関係で能動的になるために、押し付ける方向で頑張ったほうがいいのかもしれないとも思う今日この頃です。
2006年08月03日 | August | Trackbacks (0)
危機と一緒に育ってきたアダルト・チルドレンの人は危機と一緒でないと落ち着かないが、実は危機が起きているときは休息できていないこと、人間には適当な刺激と適当な休みが必要でハラハラした毎日を過ごしていたらおかしいと思うようにしましょうとのことでした。
どうだろ。思い返してみても自分はそれほどハラハラした毎日を過ごしてるわけでもなさそうです。。ただ、この記述に思い当たる人はいて、なんとかならないのかなあと。
2006年08月04日 | August | Trackbacks (0)
手当たり次第に誰かの他人の問題を自分の問題として解決しようとしてないか、愛ではなくてコントロールであって、それはやめましょうとのことでした。
8/3のエントリと似たような話ですね。あまり自分では自覚のない話ですが、愛と言う名のコントロールについてはいろいろ経験していたり見てきたことがあるので、思いあたるふしのある話です。
2006年08月05日 | August | Trackbacks (0)
常に戦争が起きているが、一旦、水爆や原爆を落とすと取り返しがつかないこと、同様に自分や他人を抹殺するようなことはやめましょう、平和について考えましょうとのことでした。
文字通りの抹殺の意味なのかな?排他的な価値観だと争いが起きやすいのかも。
2006年08月06日 | August | Trackbacks (0)
本当の自分と嘘の自分について述べられていました。周りから強いられてつくりあげられてきた自分と本来の自分がどの程度違うか、本当に自分はこうありたいと思って造り上げてきた自分か、「これは自分だ」と思える部分を大きくしていきましょうとのことでした。
これはどうだろ。まあ、ある意味人生開始から20年の間、嘘で塗り固められた人生だったわけで、その嘘の自分を取り去ると悲しいことに残ったものがあまりなく、はてさてどう自分を造り上げていくかとこれまで試行錯誤してきたのですが、なにせ時間がかかりますね。。自分を造り上げていくと言う点で長いブランクのある自分が他の人に追いつけるのか、本当に実年齢相応の人格、安定性があるのかというとちょっと怪しい部分もありますが、まあ、近頃の様子を見るにとりあえずは安定はしてきているようです。ほとんど壊してしまって造り直すということはもうないとは思いますし、そうならないように、「これは自分だ」という部分を増やしていきたいです。
2006年08月07日 | August | Trackbacks (0)
育った環境が、例えば、外部から見るととても立派だが、家庭内では暴力、虐待といった落差のある行動をする親であった場合、外の自分と内の自分とのギャップができてしまいます。外ではにっこりしているが、内では怒っていたり、外ではしっかり仕事をするのに内では文句たらたらといったり。外の自分と内の自分の差を縮め、こうありたいと思うほうに近づきましょうとのことでした。
うーん、これは思い当たる節がかなりある記事でした。JWだった時代(子供時代)の家庭外、家庭内のことを考えると、集会では神権家族ということでそれなりに気を使ってましたし、学校や外部ではJWの1人としてということでこれまた気を使っていたものの、家庭内は暴言、争い、喧嘩の世界、と結構ギャップのあるものでした。自分の内面と外面を見ても、なんともない顔をしながらいかに殺そうかと考えていたり、内心と関係のない行動ができたりと、ギャップはそれなりにあったように思います。まあ、内心と違った行動が出来るという点は、そうすることが望まれる環境にいたため獲得した能力なのですが、どうも、健全さという観点から言えばあまり良くないみたいですね。
どうもこれが長く続いたせいか、今でも、結構外部に見せている顔と内面のギャップは結構あります。秘密主義だったり、良く思われようとする部分、があるのではないかと。なるべく思っていないことは言わないように心がけているのですが、答えを求められる時にはどうも過去の行動パターンのままで話してしまいます。かといって思ってることをバランスよく言ってるかというと、そうではなく、本心で結構黒い意見がたくさん出てきても、それらは自分の内部で自動的に検閲にひっかかって外部に出てきづらいです。それが良いか悪いか言うは難しいところですが、全部ではないにしろ思ってることを適切に、バランスよく出せたほうが、少なくとも自分は楽だろうし、他人とわかりあったり親密な関係を築く上では結構重要なことではないかとも思っていて、思っていることを適切に言葉にする、外に出すといった点は、自身の重要な課題です。まあ、内の自分と外の自分を完全に一致させる必要は無く、状況に応じて外の自分を変えることも大切だとは思いますが、気楽に生きるためにも、なるべくそれらのずれが少なくなるようにしたいです。
2006年08月08日 | August | Trackbacks (0)
苦しんでいるのは一人ではなく、他の人も同じような経験をして生きてきたと知ったときに、肩の荷がおりるような感じがすることがある、今からでも回復、改善の道を歩き始めましょうとのことでした。
いわゆるJW2の経験として考えると、こうやってインターネットが発達したことで、多くの人が似たような経験をしていたり、同じような軌跡をたどっている場合があることを知ることが出来、これらの情報は、結構、自分の過去との向き合いや、今後の行き先を模索する点で役に立ったように思います。また、JW2以外の人達に目を向けても、周囲に虐待を受けて育った人、身体に異常を持って生まれた人、他宗教の家庭に育った人がいたり、あるいは他の地域時代などのことを考えると、搾取されて貧しい国があったり、戦争が起きている地域があったり、差別されている人々がいる。人間以外に目を向けてみると、過酷な条件で育てられている家畜、新製品開発のために実験体として消費される生命、飼い主がいないために安楽死されるペットなど、いろいろある。こういったことを考えていくと、もちろん、比較的恵まれた環境で順調に一生を終える人もいるのでしょうけど、自分の苦しみは相対的に見ても(おそらく絶対的にみても)それほど上でも下でもないし、恵まれている部分もそれなりに多いし、人はそれぞれいろいろな悩みや苦しみを抱えて生きている、望めば苦しまずに生きることができる環境にいる自分はそれなりに恵まれているといったことを思うようになり、結構、自己肯定をするための助けになりました。
他と比較してどうこうということになるのかもしれないのですが、いろいろ情報を入手することで、どこが恵まれているか、どこがあまりよくなかったか、あるいは、苦しんでいることは世間的に見てどの程度のものか、などいろいろ考えることが出来るので、情報をいろいろ入手し、考えることは結構有用なのかなと。道は開けるの4章で「誰でも時間の許すかぎり、公平な客観的立場で事実を集めることに専念すれば、普通の場合、悩みなど知識の光によって蒸発してしまうだろう」と書かれてましたが、まさに、これに同意する部分が大きく、情報や知識は結構有用だなと思う次第で、今後とも、情報の収集に励みたいです。なんか今回の記事と話の展開の方向性が少しずれてるかもいしれませんが。
2006年08月09日 | August | Trackbacks (0)
自分の人生を良くする、周りの人の人生をよくする小さな勇気を発揮する機会は毎日あって、そういう小さく静かな勇気を発揮していくことが、虐待などを防ぐきっかけになるかもしれないとのことでした。
確かに、選択しないことも選択のひとつと捉えるならば、人は毎日何かしらの選択しているわけで、ほんのちょっとでも勇気を出し良い方向に向かう選択肢を選ぶことで、それが積み重なることにより、よりよい人生になるのかもしれないです。どうも何も考えてないとついつい普段と同じ行動をしてしまいがちですが、毎日が良くするきっかけに満ちていると普段から考えていれば、そういうきっかけに気づく機会も増えそうですね。それだけポジティブな考え方で毎日を過ごせれば楽しそう。。
2006年08月10日 | August | Trackbacks (0)
隣近所で虐待が起きているかもしれないとき、知らないふりをしないで、無口な子供には声をかけてみたり、アザのある奥さんには助けがあることを教えたり、しましょう、と書かれていました。
松尾芭蕉の言葉「隣は何をする人ぞ」は、現代では隣人に対する無関心を言い当てるように使われることがありますが、まさに自分もそうで、多分、上記のような隣人が現れても無関心の態度を決め込むような気が。うーん、難しい。。
2006年08月11日 | August | Trackbacks (0)
数ある自助グループを利用しましょうという内容でした。
どうも人前に出るのが苦手なので、こうやってグループに入るのが良いといわれても尻込みしてしまい、そうこうしているうちに月日が経ってしまっています。一人で悩んでてもある程度回復してきてるのではないかなあとも思ってるんですが、やっぱこういうグループワーキングに参加するほうがいいのかなあ。
2006年08月12日 | August | Trackbacks (0)
今日依存症の人やアダルト・チルドレンの人は白黒をはっきりつける考え方をしがち、他人に対して、「あの人は正しい」、「あの人は間違っている」、自分に対して「あれはするべき」、「あれはするべきではない」といったように区別をしがちですが、本当は他人も自分も黒い部分と白い部分を持っていて、灰色の部分が多い、極端な見方をしないようにとのことでした。
世の中は単純に白と黒にわけられるものではない、自分の中にも他人の中にも白い部分と黒い部分がある、と、こう考えられるようになったのも恥ずかしながら大きくなってからなんですが、いろいろと考えさせられる点も多いです。JWという環境で育ってきた自分としては、白と黒に分ける考え方の方が慣れているので楽なんですが、ここは簡単に白黒に分けないように考える方向になろうと思ってる次第です。
2006年08月13日 | August | Trackbacks (0)
失敗や間違いの数を数えてそれを自分のせいだと思い、成功や良かったことは偶然起きたかのように思う、こうしていると自己評価は上がらないこと、ネガティブな方向にアンテナをめぐらせていると間違い、失敗、失望が何倍にもなって身体の中に入っていくこと、ポジティブな方向にアンテナをはりめぐらせ、小さな成功を積み重ね、自分を好きになりましょうとのことでした。
これは自分もそうですが、結構周りにもこういう人は多いです。失敗すると自分を責めるのが悪いと言うわけではないのですが、それをやるのだったら、成功したときに自分を褒めないと不公平ですよね。自分を責める回数よりも自分を褒める回数のほうが多ければだんだん自己評価もあがっていくのかな。
2006年08月14日 | August | Trackbacks (0)
親戚、祖父、祖母らに家系について聞いてみましょう、もし、不健全な行動が続いている家系なら自分の代でそれを終わりにしましょうとのことでした。
親戚とは疎遠なのであまり家系のことについては良く分かってないのですが、親の行動を見ていると、親もそれほど健全な人間でもなさそうなので、家系的なものはあるのかもしれません。自分の代で終わりにしようといっても、子供を作らないというのが一番楽な解決法で、このあたり、子供を作るか作らないかについては悩むところですね。個人的には子供を作ろうが作らまいかどっちでもいいし、そもそも結婚もどっちでもいいみたいな感じで生きてます。このままだと本当に自分の代で終わるかも。まあ、結婚はしたいと思った時に、いい相手がいればといったところかな。。
2006年08月15日 | August | Trackbacks (0)
川の流れに逆らわず、岩やごみがあれば取り払い、エンジョイしながら流れ、好きなところで休憩しましょう、どぶ川だったり冷たかったり岩だらけなら、違う川に移ってみましょう、とのことでした。
「変えられることは変えていき、変えられないことは受け入れた方が良い」とはよく言う言葉ですが、変えられない流れは受け入れた方が楽ですよね。もちろん、変えられるのなら良いほうに、良い川に変えたほうが良いですが。と簡単に口では言えてもなかなか実践が出来ていないので、精進します。
2006年08月16日 | August | Trackbacks (0)
ストレスを解消する方法として、深呼吸の仕方、リラックスの仕方が書かれていました。
うーん、自分ってどれくらいストレスってたまってるんだろう。あまり溜まっていないのではないかという気も。。
2006年08月17日 | August | Trackbacks (0)
自分があるから成長がある、自分が生まれたことにありがとうを言いましょうとのことでした。
うーん、この状態にはまだなれないかも。正直こんなにめんどくさいんだったら生まれてこない方が楽だったよなあと思うこともしばしばです。なかなか難しい。。
2006年08月18日 | August | Trackbacks (0)
人生は短いのでやりたいと思ってることはやりましょうとのことでした。
やりたいことはどんどんやっていったほうが、まあ、有限な人生をうまく利用できるんでしょうね。まあそこまでポジティブに有効利用しようと考えられればいいんですが。。まああせっても仕方ないので、やりたいことをやるペースも、行動パターンを変えるペースも自分のペースでぼちぼちやっていきます。
2006年08月19日 | August | Trackbacks (0)
小さいときに身につけたニセの笑いでなくて、心から自分を解放する笑いをしましょうとのことでした。
結構自分では笑ってるとは思うんですがどうなのかな。まあ、ニセの笑いもすることもありますが。これは染み付いてるので変えるのは難しいし、変える必要性もさしあたってはないかなと。
2006年08月20日 | August | Trackbacks (0)
最善を発揮してみる、最善を尽くしてみる、「これが最高の自分の力なのか?」と問いかけて、もう一歩、成長の一線を伸ばして見ましょう、とのことでした。
これは何かと耳が痛い。。つい何事も惰性でだらだらとやってしまいがちですが、何事にもこれくらいの勢いで望めれば楽しそうですね。もちろん取り付かれたようにやってたり、がんばりすぎると疲れてしまうんですが、がんばらなさすぎても疲れるわけで、適度にがんばりたい。。
2006年08月21日 | August | Trackbacks (0)
欠点の棚卸しを続けていないと、傲慢になったり、過去の不健全な行動や思考に戻ってしまうこと、欠点を書き出し、その改善法を書き、改善されたときの自分を想像し、欠点を天に放しましょうとのことでした。
確かに、欠点を忘れているといつのまにか元の行動、思考に戻ってしまいます。。欠点を克服するのはなかなか大変ですね。。たくさん欠点があって全部を一度に直すのは難しいので、まずは、自己評価を高めることとポジティブシンキング、そういった思考パターンを身につけることが当面の目標なのですが、まだ道のりは遠いのかな。
2006年08月22日 | August | Trackbacks (0)
自分の一番いいところをほめてあげましょう、という内容でした。
自分のいいところは何か?と考えてもこれはなかなか難しい。短所は良く見えるのに長所があまり見えないというのはあまりいい思考パターンではないですが。。いいところがわからないのなら作ってしまえということで、身につけたい長所を発揮するたびに褒めていって、長所を伸ばしていければいいんですが。
2006年08月23日 | August | Trackbacks (0)
周りの人の個性を尊重しましょう、自分の判断では良くないと思い、自分の考えを押し付けたり、罪の意識を植え付けたり、あるいは、相手の行動や思考の責任を取ってしまうことの無いようにとのことでした。
結構僕は他人に干渉するのが嫌いなのか苦手なのか、上記のようなことはあまりやってないのではないかと自分では思ってます。まあ、反面、何か相談をされたとしても何もたいしたことは言わないので、背中を押して欲しいとかアドバイスが欲しいといった人は僕なんかに相談しない方がいいのではとよく思っている次第ですが。母親が人(子供)をコントロール、価値観を押し付けたがる傾向のある人で(今は違いますが)、ああはなりたくないと思って育ってきたのが大きいのかも。まあ、そう思い続けた結果、人に無関心、干渉しなくなるつまらない人間になってしまったわけですが。。よく思うのが、ある程度人を巻き込む、人に干渉するといったことも大切で、このあたりのバランスをうまく見極めていかねばと思ってます。
2006年08月24日 | August | Trackbacks (0)
親から酷い仕打ちをうけていたとしても親を許しましょう、大人になったら自分の行動には自分で責任をとりましょう、とのことでした。
本多時生さんのサイト「幸せのホームページ」で発行されているメルマガを、ずいぶん前から読んでいるのですが、今日の名言(9/15、後からこのエントリを書いてることがばればれですが。。)に
「過去のせい、誰かのせい」を捨てたときから人生は好転する(ダイアー)
というものがあって、これを思い出しました。そこの説明書きは
「過去のせい、人のせい」にしているだけでは、何も変わりません。
過去も変わらないし、人も変わらないだろうし、自分も変わりません。
自分が変わらなければ、同じことの繰り返しになるのではないでしょうか。
というものでした。これは、前々から自分でも実感していることです。確かに悪いことの原因の一つが「親のせい、過去のせい、人のせい、JWのせい、(あるいは自分のせい)」であるのは事実なんでしょうけど、原因を見つけてそこで止まっても何も成長が無く、そこから一歩踏み込んで、どういう解決法があるのか、どう解決していくのかといったところに進んでいかないと、何も変わらないかなと。大人になってからの行動には自分に責任があることを考えると、少なくともその悪いことを維持しているという点において、自分にも責任はあるとは思いますし。
まあ、といっても、ネガティブな考え方で生きていると、成長しようというポジティブな気持ちになるのがなかなか難しいですし、親や人や過去が悪いのではなくて全て自分が悪い、自分が諸悪の根源と考え、自分を責め続けてしまっても成長は難しいとは思いますが。かくいう自分もなかなか成長できていないのでまったく説得力のある言葉でもないです。しかも自分のことを他人のように見ていたりするのでたちが悪いんですが。。ちなみに上記で紹介したメルマガはほぼ毎日発行されており、メールをよく利用している環境の人にとっては毎日本を読むより手軽、定期的に幸せになる考え方に接することが出来、結構お勧めではあります。
2006年08月25日 | August | Trackbacks (0)
心の傷を話し、心の傷を再体験し、新しく意味づけをし、仲間に分かってもらうことで癒しが起きるとのことでした。
こういうのを見ると、過去のことを話すことはやはりメリットがあるんだなということです。もちろん、過去のことばかり話して一生を終えるのはもったいないと思いますし、それが成長を妨げるのであれば話さないほうがよいとは思いますが。よく、過去のことはもう過去で先を見て生きるという人がいて、それはそれですばらしい考え方とは思うのですが、中には過去に目をつぶっているだけでは?という人もいて、そういう人を見ると、過去から学ぶことも多いし、今日のエントリのように傷ついた心を癒す効果もあるので、そこまで過去のことを毛嫌いしなくてもいいのではなかろうかと思ってしまいます。まあ、こういえるのも受け入れられる程度の過去しか持っていない恵まれた環境にいたからかもしれませんが。親子間の断絶、自殺、異常なほどの虐待、借金、人格障害の家族など結構厳しい家庭環境に育った人の前ではなかなか話す言葉が見つからないです。
2006年08月26日 | August | Trackbacks (0)
自分にとって役に立たない害となるようなことは、慣れという抵抗に引っ張られても変えていくことが必要なこと、変化していく勇気を持ちましょうとのことでした。
確かにまあそうですね。役に立たないこと、害になることを変えていければいいんですが、慣れやパターンというのはなかなか凄いというか恐ろしいというか、変えにくい。とりあえずは思考パターンの随所に現れてるネガティブなパターンを、さっさとポジティブなパターンに変えてしまいたいです。
2006年08月27日 | August | Trackbacks (0)
共依存症、アダルト・チルドレンの人の特徴に、ものごとを完成できないといったものがあるそうです。小さなプロジェクトを完成させることからはじめましょうとのことでした。
うーん、耳が痛いところです。僕も結構途中で飽きてしまうことが多くて、終わりまでやり遂げないことが多いです。終わりまでやり遂げるのもありますが、はじめたものに対して終わりまでやり遂げたものの割合はごく僅かかと。サイト作成も中座してるけど、さっさと終わらせないとなあ。。
2006年08月28日 | August | Trackbacks (0)
毎日の進歩は見えにくくても何ヶ月かごとに振り返ると変化がわかる、進歩したことをたいしたことはないとは思わず自分をほめてあげましょう、とのことでした。
どれくらい変わったかな。このブログを始めた当初と比べるとだいぶ変わったようには思います。このブログが終わる頃にそれなりに健全な思考パターンを身につけられればいいんですが。
2006年08月29日 | August | Trackbacks (0)
心をいっぱいに埋めていた依存症や共依存症がなくなったときに、心に穴が開きますが、がむしゃらに穴を埋めようとするのではなく、穴を見つめ、大事にし、これだと思える答えが出るまで穴を探求してみましょうとの事でした。
依存とか共依存とは少し異なるのかもしれませんが、JWを離れたときの状況がこれに似てるかなと。いままで考え方の土台となっていたものがぽっかりとなくなり、はてどうやってなくなった部分を築いていくかといったことを考えていた時のことが思い起こされます。変わりに他の宗教等の価値観を入れるのは嫌だったので、結局、少しずつ作っては壊し作っては壊しを続けて今に至ってます。まあ、まだ穴を完全に埋めれたわけでも、生めた部分に満足しているわけでもないですが、ぼちぼちとやっていけるでしょう。
2006年08月30日 | August | Trackbacks (0)
害のある人のそばから一歩退いた方が良いなど、時には一歩退くことも大切なこと、が書かれていました。
うーん、まあそうですね。退くべきかどうかの見極めは難しいですが。。
悲観的にならず前向きに生きるためには、日々、新しい健全なメッセージを自分に送り続け、ポジティブな自分に生まれ変わる必要があります。このブログは、西尾和美著の「心の傷を癒すカウンセリング366日―今日一日のアファメーション」に書かれている内容を読み、まとめ、実践し、そして管理人が健全な思考パターンを身につけることを目論んで書かれた2006年の1年間の記録です。記事一覧はこちらから見れます。
「自分のために生きていける」ということ―寂しくて、退屈な人たちへ 斎藤 学 (著)。私は何がしたいのか?「ホンネ」はどこにあるのか?いきいきとした感情生活をとりもどし、よりよい人間関係をきずくための一冊。
子どもを生きればおとなになれる―「インナーアダルト」の育て方 クラウディア ブラック (著)、水沢 都加佐 (翻訳)、武田 裕子 (翻訳)。おとな=自分を幸せにできる人。人生を変える4つのステップ、5つの力。子ども時代の痛みを越えて、本当のおとなになるために!AC(アダルト・チャイルド)概念の生みの親、クラウディア・ブラックが経験のすべてを注ぎ込んだ一冊。
ダメな自分を救う本―人生を劇的に変えるアファメーション・テクニック 石井 裕之 (著)。人生を思い通りに進めている人は、「意識と潜在意識の連携がスムーズにいっている」のです。深いところで自分を強力に動かしている潜在意識を味方にするための、最強の「アファメーション(自己暗示)」を紹介。
人生を変えた贈り物 あなたを「決断の人」にする11のレッスン アンソニー・ロビンズ (著)、河本 隆行 (翻訳)。上質な人生、真の成功、たしかな幸福。世界のVIPが感動した魂のコーチングとは。自己啓発メンターの世界的スーパースターが自らの体験によって発見した「人生を変えるパワー」を凝縮した、人生指南書。
道は開ける 新装版 デール カーネギー (著)、香山 晶。「悩みに関する基本事項」「悩みを分析する基礎技術」「批判を気にしない方法」など、悩みの正体を明らかにし、悩みを解決する原則を具体的に明示。こころの闇に光を与える書の新装版。
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