こっそりと健全な思考パターンを獲得することを目指す、自分の自分による自分のための記録。
こっそりと健全な思考パターンを獲得することを目指す、自分の自分による自分のための記録。
自分はどんなウソをついているのか考えてみましょうとのことでした。相手を傷つけないため、自分の恥を避けるため、相手に復讐するため、いろいろなウソがあるでしょう。いつもウソをついて特定の人を避けている場合は、本当にその人とつきあいを続けたいのかはっきり言えてないからではないか、など、自分の真の動機について考えてみましょうとのことでした。
個人的には、冗談としてのウソは言うことはあるのですが、後々ややこしくなるのを避けるため事実と違うことはなるべく言わないようにはしています。といっても、間違えたことを言ったり、ミスリードしてしまったり、めんどくさいので誤解を解かなかったりということはありますが。。。また、思ってることや感じたことを言う場合には、知らず知らずのうちに、あるいは、意識的にウソを言うことがあります。何のためにウソをついているのか、ついてしまったのか、動機をきちんと考えてみると新たな発見があるかもしれないですね。
2006年04月01日 | April | Trackbacks (0)
相手にしたことを記録して同等の助けが返ってこないと相手を非難する、あるいは、相手の犯した罪を記録して怒りを積み重ねていく、といったことはやめましょうとのことでした。もちろん常に一方通行の関係であればその関係は見直す必要がありますが、どちらが多い少ないといったことをいじいじと考えるのは良くありません。記録をするのは、相手が良いことをしたときだけにしましょうとのことでした。
僕には人に対する無関心さが結構あるので、個人的にはこういったことはあまりないです(と思いつつも、実際はあるのかもしれませんが)。幸い、僕の周りには結構与えてくれる人が多いので、逆に、周りからは同等のものが返ってきてないと思われてるかもしれません。。うまく返していけるようにしたいところです。
2006年04月02日 | April | Trackbacks (0)
日常で使っている言葉を見直してみましょうとのことでした。否定的な言葉になっていないか、相手の自己評価を落としていないか、特に子供に対する言葉遣いに気をつけるべきこと、ほんの少しの努力で中立あるいは肯定的な言葉に変えられることが述べられていました。
うーん、耳が痛いところです。僕は基本的に否定的な言葉遣いになってしまいがち、天邪鬼的な性格なので同意を求められると否定してしまいがちなのですが、この部分は少しずつ変えていきたいところです。将来子供が出来たとして否定的なことばかり言って子供の可能性の芽を摘んでしまう親にはなりたくないので、否定的な言葉をなるべく使わないよう今からもう少し言葉遣いには気をつけたほうがいいですね。そのためには自分も他人も認めるというところが大切にはなるとは思いますが、精進したいです。
2006年04月03日 | April | Trackbacks (0)
どこの文化でも誤解は起こりますが、日本のように「以心伝心」、言わなくても分かるといったことが前提にある文化では誤解はさらに起き易くなります。言わなくても分かってもらえると期待せず、言わないと分からないをモットーに、遠まわしな言い方ではなくストレートに、しかも思いやりをこめてコミュニケーションをとり、誤解を避けましょうとのことでした。
うーん、よくあります。「言わないとわかってもらえない」というのは常日頃実感することです。特に様々な人がいるところでは、なかなか人に分かってもらうのは難しいところです。相手のことは言われなくてもわかるように、自分のことは分かってもらえるよな言い方が出来るようになりたいところですが、まだまだ道のりは遠そうです。
2006年04月04日 | April | Trackbacks (0)
良いものであっても変化には不安がつきものであること、特に未経験なことをはじめたり、古い習慣を破って新しいやり方をやったり、態度や考え方を変える時には不安で一杯になること、不安に負けて諦めてしまわないように、過剰な不安やいらない不安は捨て去った方が良いこと、変化をチャレンジと考えて不安に圧倒されないようにしたほうが良いこと、が書かれていました。
確かに変化に対して不安な気持ちになることはよくあります。でも、蓋を開けてみれば実際はたいしたことが無かったり、「喉もと過ぎれば暑さを忘れる」だったりすることもよくあります。新たなことにチャレンジしないと成長はないと思いますし、ほとんどの選択にはリスクがつき物だと思いますので、リスクを恐れすぎたり不安になったりして新たなことにチャレンジしないことが無いようにしたいところです。そのためには、普段から少しずついろいろなことにチャレンジしてみて鍛えていくのが良いのかな。
2006年04月05日 | April | Trackbacks (0)
今日が自分の人生学校の入学式だと思うこと、いろいろなことを学びますがまず学ぶべきことは言葉の使い方であること、相手にとって不快なことを言わなければならないときでも行動や言動に対して批判はしても人格を非難することはやめること、相手を尊敬の気持ちを伝えましょうとのことでした。
不要なトラブルを避けるためには相手にとって不快なことを言わなければ言わないにこしたことはないとは思うのですが、立場上、あるいは、もろもろの思惑の中、相手が不快と感じることでも言わざるを得ないこともあって、そういう時ににどうやりとりすれば良いかは難しいところです。また、善意が悪意と受け取られたり、何気ない言葉が人の間を廻りまわっているうちにさまざまな意図が込められ、悪意のある言葉に置き換わってしまうということもよくあるので、普段から何気ないことを話すときにでも意図をうまく伝えれるように気をつける必要があって、なかなか言葉の使い方とは難しいものであると思います。自分はまだまだ言葉をうまく使いきれていません。一番初めに言葉の使い方を学ばなければならないと今日の記事では書いてありましたが、一番初めに学ばないといけない基本的なことであると同時に、それは生涯をかけて追求できるくらいの高尚なことでもあるのだろうなと感じました。
2006年04月06日 | April | Trackbacks (0)
仮定をする際に、過去や現在を否定するような考え方をするのはやめましょう、過去を悔やんだり、現実を無視したり、未来をも否定してしまうような言い方をしてしまうのは、自分の力を信じていない、あるいは、現実を直視していないからではないか、と書かれていました。「もし時間があれば本を読むのに」ではなく「本を読む時間を作ろう」と言い換えましょう、とのことでした。
これは僕も良く陥る考え方です。現実逃避癖がなかなか抜け切れておらず、気がつくと現実を直視せずに物事を考えていることが多く、この性質は変えていきたいところです。と思いつつもなかなか簡単には変えられるものではないので、普段から継続して気をつけるなどの努力が必要になりますが。まずは今日一日こういう言葉の使い方をしないように気をつけて過ごしてみます。
2006年04月07日 | April | Trackbacks (0)
社会的、文化的、感情的、教育的、体力的に力関係が不均衡な場合に、アビューズ(虐待)が起きることがあること、力関係が上にある人が主に責任をとるべきであること、が書かれており、アビューズをやめましょうと締めくくられていました。
確かに、まったく対等な人間関係というのはなかなかないですね。どんな人間関係でも、多少何かが上だったり何かが下だったりするものかなと思います。自分が圧倒的に上の立場にきたことがないように思うのでなんとも言いがたいですが、今後生きていく上でそのような立場になることもあるとは思うので、アビューズをしないように気をつけていきたいところです。
2006年04月08日 | April | Trackbacks (0)
基本的なことを得るためのお金は必要ではあるが、お金を生活の中心においてしまうと他の大事なことを忘れやすくなること、お金がなくなった時に自分の価値観が崩れ去ってしまう可能性があること、お金は大切だが生活の中心でもゴールでもないこと、が書かれていました。
この点に関しては、JW2として育ったためというかなんというか、あまりお金に対する興味が大きくなく、逆にもっと興味を持ったほうが良いよなと常々思っているところです。幸せになるためにはお金がすべてではないものの、お金は重要な要素なんだろうなとは思います。お金に興味がなさ過ぎても執着しすぎてもいけないんでしょうね。うまくバランスよく考えられるようになりたいです。
2006年04月09日 | April | Trackbacks (0)
適度に人に頼る人は健全ではあるが、頼りすぎると相手に迷惑になること、誰かに何かをして欲しいときは自分の行動が適当かどうかを調べてみましょうとのことでした。
残念ながら頼りすぎになるほど身近な人がいないのでなんともいえないところです。身近なところでは頼りすぎている人、依存しきっている人を見ることもありますが、相手が疲れきっているところを見ているといろいろ問題なんだろうなと感じることはあります。逆に誰にも頼らずにひとりでやってしまって潰れてしまう人を見ることもあるので、頼ることについてもうまくバランスをとらないといけないのだなと感じる今日この頃です。
2006年04月10日 | April | Trackbacks (0)
人と話をするときは相手の話が終わるのを待ってから話すように、相手の言うことを聞くことをおろそかにしないように、互いに投げあい互いに受けあうようにとのことでした。
これはなかなか難しいところです。相手の話が終わるのを待って話そうという心意気だと会話に入っていけない可能性がある、かといって相手の話をさえぎって話すのは今日の記事にあるようによくない、ゆっくりと話していては本当に言いたいことを言う前に話が流れてしまう。。。と何かと会話は奥が深いところです。ある程度TPOにあわせて会話のスタイルは柔軟に変えていく必要がありますが、自分の話したいことを的確にすばやく正確に伝えられるようになりたいものです。
2006年04月11日 | April | Trackbacks (0)
社交辞令だけ、地位や役割に沿って行うコミュニケーションは時には必要ですが、満足できるコミュニケーションではないことが書かれており、いくつか言い換えるための具体例が述べられていました。上司なら、「この書類コピーしてくれ」だけよりも「いつもコピーしてくれてありがとう。またこれをお願いします」、親なら「こんな成績じゃいい学校に入れないよ」よりも「勉強でわからないことや悩みがあったら話し合おう。私も子供のころは勉強が手につかずに困ったことがあった」というように相手を尊敬しつつ自分をだしてみませんかとのことでした。
振り返ってみると、形骸化しているコミュニケーションは意外とありそうです。相手を尊敬しつつ自分を出す、何かを伝える、これができるようになると円滑にコミュニケーションをとることができるようになりそうですね。まずは今日一日、人と会う時、話す時には気をつけたいところです。
2006年04月12日 | April | Trackbacks (0)
相手に誤解されてしまい、その間違いを指摘しようとしてさらにますます深みにはまっていくことがあります。自分の言いたいことを、全力投球で適切に、思いやり深く、相手を責めないではっきりと伝えたら、あとは相手次第とのことでした。単なる誤解であれば、わかりやすく、またやさしく言い直せば解決しますし、解決しないのであればそれは単なる誤解ではないので、それ以上はあきらめましょう、何が何でも相手にわかってもらわねばならないと思うのはやめましょう、とのことでした。
この点に関しては、僕の場合、単なる誤解であっても大きなデメリットが予想されない限りはそのまま誤解させておくこともよくあって、これでいいのかなと思うことがよくあります。「わかってもらえない」体験をしすぎたせいでわかってもらえないことに慣れてしまったのではないかと自分では思ってますが。。。すべてではないにしろ、誤解が元で多少の悪口を言われても特に何も感じないことも多いです。悪口を言われたら怒りの感情が出るほうが自然なのではないか、わかってもらおうと感じるほうが自然なのではないかとも思うので、わかってもらうことにこだわりすぎてもいけないが、こだわらなすぎてもいけないんだろうなと思います。難しいところです。
2006年04月13日 | April | Trackbacks (0)
相手の欠点を強く打ち出せば相手はわかってくれるだろう、大きい声で強い言葉を使えば相手は納得するだろう、というやり方ではお互いの怒りが増すばかりで憎しみでいっぱいになります。競争していることに気づいたらいっとき休みを取りましょうとのことでした。
かれこれ長い間こういうスタイルの口げんかをしたことがないのですが、今後、こういうスタイルの口げんかになってしまったら気をつけたいところではあります。こういう口げんかをしなくなったのは、自分が成長したからなのか、単純に人と話す機会が減っているからなのか、なんとなく後者のような気がしますが。。
2006年04月14日 | April | Trackbacks (0)
何か問題が起きたときは、その問題の解決に焦点を置き、過去のことはパターンになっていない限りは持ち出さないようにしましょう、相手を責めたいという心がある場合はいっとき話をするのをやめましょうとのことでした。
確かに、必要でないのなら過去の間違いを持ち出してわざわざ相手の怒りをかうこともないですよね。責めるような言い方をするとうまく会話をすることはできなくなりがちなので、こういう話し方には気をつけたいところです。
2006年04月15日 | April | Trackbacks (0)
対人関係で起きた問題を一般化して話さないようにとのことでした。誇張して正しいことをしたことがないかのように話すと相手から反論がきてさらに口論が長引くことになるとの事でした。
人と話をするときにどう話すかは難しいところです。相手を褒めるときに「いつも~する」と言うのは問題が少ないと思いますが、相手の悪いところを指摘するときに「いつも~する」と言ってしまうと、相手から反論が来る可能性は高いですよね。一般化以外にも、誇張など、特に悪い部分を指摘せざるを得ないときの話の仕方にはいろいろと気をつけないことは多くあると思います。この複雑な世の中、一般化できるものがあったとしても、それはある閉じた世界でしか成り立たないものだとは思うので、あまり安易な一般化はしない方がいいんだろうなとは思います。人とうまく話すことに関してはまだまだ力不足ですが、一般化を含め、会話をする際は気をつけていきたいところです。
2006年04月16日 | April | Trackbacks (0)
口論になったときに、未来をネガティブに予想して将来の可能性を潰してしまっていないかとのことでした。貸していたモノに傷がついて帰ってきたときに理由を聞かずに「もう二度と貸さない」と言ったり、子供が試験で良くない成績をとったときに「お前は大学にいけない」と言うだとか、喧嘩をした時に「もう二度と口はきかない」と言うといったように、将来をネガティブに予想してしまうことがないように気をつけましょうと書かれていました。
これに関しては、人と話すときには気をつけるのですが、こと自分のことを話すときになると多用してしまってます。将来を悲観的に考えることは長らく続けていた思考パターンで、なかなかうまくこれを無くすには至れていないのが残念なことです。こうやって日々、肯定的な言葉を自分に言い聞かせていくことで、もっと将来をポジティブに捉えるようになりたいです。
2006年04月17日 | April | Trackbacks (0)
祈りのフレーズを作ってみましょうとのことでした。例えば「自分のできることには責任を持ち、自分の限界を超えるできないことは天にまかせ、自分にできることとできないことの区別が出来る知恵がつきますように」といったものです。最後に「自分が良くありますように」と肯定の言葉を何回か言ってみましょうとのことでした。
同じ祈りとは思いますが、「道は開けるの9章」で出てきた「神よ、われにあたえたまえ、変えられないことを受け入れる心の平静と、変えられることを変えられる勇気と、それらを区別する叡智とを」という祈りを思い出します。ACの自助グループで使われている祈りですし、僕自身も良い祈りだと思います。ただ、欲を言えば、変えられることを変えられる「勇気」だけでなく「欲求」も欲しいです。まあ、欲求が欲しいというのも変なフレーズですが。。欲求やそれなりの必要性といったものがないとなかなか物事は変えにくいですよね。健全な状態になれば「欲求」も自然と沸いてくるのではないかと思いますし、そのためにはまずは「自分が良くなろう」という思いが大切なんだと思います。そう考えるとまずすべきことは健全な自己愛の獲得、自己評価の確立なんでしょうね。先行きが不明な道のりですが、健全な思考パターンに一歩ずつ近づいて行きたいです。
2006年04月18日 | April | Trackbacks (0)
自分に忠実に、自分が本当にやりたいと思っていることをやれる範囲でやりましょうとのことでした。ここで、自分に忠実ということは、自分の価値観や道徳観に合った行動をするということです。
やりたいことを比較的やりやすい時代なので、やりたいことができればいいですよね。まあ、やりたいことをやった結果の責任は自分で負わないといけないとは思いますが。また、ここで「やれる範囲」と書いているように、範囲を逸脱してまでやりたいことをやると周囲にとっての迷惑になりかねないので、やりすぎは禁物だとは思います。反面、今の世の中、やりたいことがわからないという人いのですが、「やりたいこと」を見つけること、それを適切なやり方でやること、の2点がポイントなんでしょうね。自分には「健全、健康な思考パターンになりたい」という短期的な目標があるので、当面はこれにあった行動を心がけたいです。
2006年04月19日 | April | Trackbacks (0)
AからZまで一直線というコミュニケーションをしないように、Aということを聞いてすぐにZという結論は出さないようにとのことでした。小さな口論(A)から人間関係を絶ってしまうという結論(Z)を出してしまったり、うまくいかない(A)からといって、すぐに死んでしまおうと考える(Z)のではなく、Aの次はB、Bの次はCと段階的に結論を出していきましょうとのことでした。
自分の今いる環境では、こういうコミュニケーションをしようものならとんでもない結果になるので、ある意味鍛えられているところです。段階的、客観的、論理的に説明しないと認めてもらえないです。とはいえ、うまく思考を切り分けることができない場合も多く、まだまだ練習の必要性を感じています。
2006年04月20日 | April | Trackbacks (0)
心の問題にはっきりと意識して直面していないと、例えば頭痛、胃痛、疲労感、喘息、等思わぬときに体の障害として出てくること、が書かれていました。何か症状があり、検査をしても異常がない場合は、自分が本当に幸せかどうか見返してみましょう、直面しなければならない問題は何かを調べてみましょうとのことでした。
体は心に、心は体にそれぞれ影響を与えると言われていますが、僕も、経験上、そうなんだろうなと思います。ここに書かれているように、体の調子を整えるためには体だけでなく心にも気をつけないといけないし、また逆に、心の調子を整えるためには、心だけでなく体にも気をつけないといけない、つまり、どちらか一方だけを気にするのではなく、心と体をバランスよく調整していくのが良いのかなと思います。心の調子はこうやってアファメーションにより整えていくとしても、体の調子を整える方にも同じくらいの力をかけて、意識しながら生活したほうがよさそうです。
2006年04月21日 | April | Trackbacks (0)
悲しさ、苦しさ、楽しさなどはシンプルで、それを持っている人にだけ属する感情ですが、怒りは複雑で、その表現は防御であると同時に攻撃になること、怒りは必要な感情であること、虐待を受けた人にとって怒りは回復の過程のひとつであること、などが書かれていました。また、傷ついた、裏切られた、わかってもらえなかった、認め受け入れてもらえなかった、などの感情が怒りの下にひそんでいる場合が多く、激しい怒りを感じたときは、深呼吸をして怒りの下に潜んでいる感情について考えてみましょう、とのことでした。
怒りは確かに複雑ですね。自分の場合、いつのころからかあまり怒りを感じなくなってしまいました。思うに怒りは欲求不満を表すもので、怒りを抑えるということは欲求を抑えるということであり、さらには、やる気までも押さえこむことにつながるのではないかなあという気がしています。怒りを抑え続けると離人症になるだとか、怒りとやる気には関連があるといったことを聞くこともあります。怒りすぎるのも良くないんでしょうけど、怒らなさすぎるのも同じくらい良くないんでしょうね。必要なときは怒る、そうでないときは適切に自分の感情を表現する、といったことがうまくできるようになりたいものです。
2006年04月22日 | April | Trackbacks (0)
人は誰しも愛情を得るにあたいすることが書かれていました。ネガティブなことが起きた時には、自分がかかわった部分について考え、何かを学んだら、その出来事にはとらわれないで先へ進みましょうとのことでした。
誰しも愛情を得るに値する、かといって常に他の人から愛情を受けれるとは限らないので、せめて自分は自分に愛情を持った方がよいですよね。ともすれば忘れてしまいがちなことですが、愛情を持って(単純に甘やかすというわけではなく)自分に接していきたいところです。
2006年04月23日 | April | Trackbacks (0)
ある程度の恥は大切ですが、恥の意識が強すぎると、たとえば、周りの視線を気にしすぎて主体的な行動をとれなくなる、苦しくても自分を抑圧して生きていってしまう、といったように行動ががんじがらめになってしまうことが書かれていました。
この点に関しては自分はそれほどないのではないかなと思います。年をとるごとにどんどん周りの視線を気にしなくなってしまって、逆に恥を知る方向に進んだほうがよいという気もしてます。怒りのように、ありすぎても駄目だし、無さ過ぎても駄目、と、中庸やバランス、さじ加減といったものが重要というケースは多いですね。どのあたりでバランスを取るかは経験を通して学んでいくものなんでしょうけど。
2006年04月24日 | April | Trackbacks (0)
自分を信じるには、まず自分の内から出てくるメッセージに注目すること、とのことでした。また、真の直感とは、何かに反応して反射的にでる思考、感覚、感情といった切迫感のあるものではなく、静かで落ち着いたものであり、この見分けができるようになれば、自信がつくようになると述べられていました。
直感とは静かで落ち着いたものである、という部分が興味深いものでした。反射的に切迫感とともに出てくるものは必ずしも真の直感ではないということでしょうか。確かに、反射的に出てくることは過去に行った行動パターンの中から最適なものが出てくる、と考えると、過去の行動パターンが真の直感と無関係であった場合、反射的にでてくるものは真の直感ではないと言えますね。真の直感を見分けるようになることが、自信をつけるために大切というのははじめて聞いた概念かなと思います。今後、自分のうちから出ているものが真の直感かどうかを判断できるよう、常に注目、分析してみることにします。
2006年04月25日 | April | Trackbacks (0)
がんばりすぎていないか、現在の自分で十分だと思いましょう、鞭打って無理するのはやめましょう、とのことでした。
自分の場合、少なくとも自分の周りと比べるとがんばってない部類の人間なので、今日の記事はあまり同調するような内容の記事ではありませんでした。ただ、周りにがんばりすぎている人がいるのは確かで、そういう人にはこういう言葉って大切だろうなとは思います。身近に、(病的なほど)がんばりすぎの人はいて、どういう言葉をかけたらいいのだろうと考えることもあります。今は自分のことで精一杯なのですが、将来的には、そういう人に適切な言葉をかけてあげられるような人間になりたいです。
2006年04月26日 | April | Trackbacks (0)
自分がどれくらい活発に人生に参加しているか見てみましょうとのことでした。自分のやりたいことをやっているか、ボランティア活動をしているか、政治に関心を持っているか、友達との話し合いや趣味を楽しんでいるか、積極的にいろいろな活動をしているか、を自問し、何かに活発に参加しましょうとのことでした。
自分は、活発にしたいと思う時と、もうどうでもいいという時の波があるのですが、本当にどうでもいいと思っている時は寝てばかりいてぜんぜん活発に人生に参加していません。もっといろいろな活動に参加したほうがいいんだろうなとは頭で思っていてもなかなか心には届かないことが多いですね。いざ力をふりしぼって何かに参加するとそれはそれで楽しいんですがねえ。いろいろな活動に活発に参加しようとひとことで言ってもなかなか難しいところではあります。まあ、そこそこ活発に参加していた時期もあるので、人生に活発に参加できる能力はあるはずだと自分を信じて、人生に活発に参加していきたいものです。
2006年04月27日 | April | Trackbacks (0)
共依存やアダルト・チルドレンの人は、他人の行動、感情、考え方、状況、結果を変えようと必死になるそうです。他人は完全にコントロールできないこと、本当にコントロールできるのは自分だけであることを言い聞かせ、自分の行動には責任を持ち自分の行動を改良するようにしましょうとのことでした。
うーん、自分にはこの傾向はあるのかな、少しあるかもしれないです。でも、他人をコントロールしようとする人って結構いるのではないかな?多少は問題ないとは思うのですが、いき過ぎると問題なんでしょうね。自分の行動を他人のせいにばかりしてしまったり、自分の行動に責任を持たなかったりして、自分の行動ではなく他人の行動にばかり着目するようになると、変えられない他人を変えようとしているので、結局いつまでたっても自分は何も変わらないということになるのかなと思います。これまでいろいろなところで出てきましたが、変えられないものは受け入れ、変えられるものに着目するという心がけを大切にしていきたいです。
2006年04月28日 | April | Trackbacks (0)
共依存症の人やアダルトチルドレンの人は、身の回りに問題や危機が起こっていないと空虚になり、無意識に問題や危機がある方に向かってしまうことがあるそうです。ハラハラしたり胸がどきどきして過ごす日が多い場合は、問題のある人や環境から離れてみましょうとのことでした。
へぇ、そういうことがあるんですね。でも、思い返してみると、自分にもわざわざ問題や危機のある方向に向かってしまうということはよくあります。自分をもっと大切に思えるようになったらこういう傾向も減っていくだろうと思っていたのですが、やっぱ、そうなんでしょうね。問題の無い方に、危機の無い方に向かって進めるようになりたいものですが、いつになったらなれるのか。。。
2006年04月29日 | April | Trackbacks (0)
遊びやレジャーを定期的に日常の中に取り入れましょう、仕事と遊びがバランスよくなるようにしましょう、適当に遊び人生を楽しみましょうとのことでした。
仕事と遊びのバランスをとるって大事なんでしょうね。なんか両方ともいい加減にしてしまう傾向があって、もっとメリハリをつけたいと常日頃から思ってはいるのですが、なかなかうまくいってません。せめてこのGWはきちんと楽しむことを目標に過ごしてみようと思います。
悲観的にならず前向きに生きるためには、日々、新しい健全なメッセージを自分に送り続け、ポジティブな自分に生まれ変わる必要があります。このブログは、西尾和美著の「心の傷を癒すカウンセリング366日―今日一日のアファメーション」に書かれている内容を読み、まとめ、実践し、そして管理人が健全な思考パターンを身につけることを目論んで書かれた2006年の1年間の記録です。記事一覧はこちらから見れます。
「自分のために生きていける」ということ―寂しくて、退屈な人たちへ 斎藤 学 (著)。私は何がしたいのか?「ホンネ」はどこにあるのか?いきいきとした感情生活をとりもどし、よりよい人間関係をきずくための一冊。
子どもを生きればおとなになれる―「インナーアダルト」の育て方 クラウディア ブラック (著)、水沢 都加佐 (翻訳)、武田 裕子 (翻訳)。おとな=自分を幸せにできる人。人生を変える4つのステップ、5つの力。子ども時代の痛みを越えて、本当のおとなになるために!AC(アダルト・チャイルド)概念の生みの親、クラウディア・ブラックが経験のすべてを注ぎ込んだ一冊。
ダメな自分を救う本―人生を劇的に変えるアファメーション・テクニック 石井 裕之 (著)。人生を思い通りに進めている人は、「意識と潜在意識の連携がスムーズにいっている」のです。深いところで自分を強力に動かしている潜在意識を味方にするための、最強の「アファメーション(自己暗示)」を紹介。
人生を変えた贈り物 あなたを「決断の人」にする11のレッスン アンソニー・ロビンズ (著)、河本 隆行 (翻訳)。上質な人生、真の成功、たしかな幸福。世界のVIPが感動した魂のコーチングとは。自己啓発メンターの世界的スーパースターが自らの体験によって発見した「人生を変えるパワー」を凝縮した、人生指南書。
道は開ける 新装版 デール カーネギー (著)、香山 晶。「悩みに関する基本事項」「悩みを分析する基礎技術」「批判を気にしない方法」など、悩みの正体を明らかにし、悩みを解決する原則を具体的に明示。こころの闇に光を与える書の新装版。
本ブログはMovable Type 3.33-jaで作成されております。
本サイトはさくらのレンタルサーバで運営されております。